音楽は、街にある。-「展覧会の絵」そして「展覧会の絵」

 熊本唯一の百貨店・鶴屋にある「鶴屋クラシックサロン」を利用しました。

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 超一流の音響機器をそろえた40畳の部屋を、1時間20分1,000円で貸し切ることができます。(※そのうち500円は若手芸術家を育てる寄附金。) 貸切中、機器を操作する係員の方だけが入口のところにいらっしゃいますが、自分一人で(あるいはお仲間と)独占。

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 この日はムソルグスキー作曲「展覧会の絵」を、管弦楽版とピアノ版で連続してかけました。CDの解説は詳しい方々に譲るとして、私は感じたことを書きます。


 まずは、チェリビダッケ指揮ミュンヘンフィルの東京ライブ盤
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 この曲はメリハリの効いた曲で、このシステムに合っていると感じました。県劇での演奏会でいえば、一階席の前から15番目辺りで聴いている感じかもw。ものすごく近くでもないけど遠くでもない距離感。
 自宅の再生装置では聴き取れなかった音などがあって新鮮でした。特に「Bydlo(牛車)」は、低音が効き、アンサンブルが緻密で、牛車が近づいてきて遠ざかっていく様子が音で表現されていました。最後は音による牛車が遠くに離れて行き、ついには(消えて)見えなくなりましたね。
 圧倒的な迫力の「キエフの大門」は美しくもあります。チェリの唸り声も一応聞こえます。
 反面、途中、違和感のある耳障りな響き?混濁?が妙に気になる部分がありましたが、何だったのだろう。CD由来?部屋由来?詳しくないので分かりません。でも総じてもう一度通して聴きたかったですね。





 お次は、アファナシエフのピアノ版
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 チェリのSACDを聴いた後だったためか、最初はSACDより輪郭がぼんやりとした感じだと思いました。でも、時間が経つにつれて耳が慣れてきたのか、それでもよく音を捕らえているなと感じるようになりました。そんなに離れていない目の前で演奏しているよう。
 この演奏の特徴は止まりそうな音楽。でもその長く続く響きや無音の間(ま)に深い思考を感じ取れる演奏。その他大勢とは違う、怪演というにふさわしいのでしょうが、やはりこのCD、良いなあと思いました。

 これを聴くとき、上の真空管アンプの写真の中の手前のものが使用されていました。係員の方の話によると、後ろのアンプはオーケストラ演奏には良いが、ピアノなど小編成にはこちらが良いと。CDによって、アンプを使い分けてくださるんですね。



 どちらも遅めのテンポで、ともすると異端視されますが、私にはこれが一番いい。至福の時間を味わうことができました。


※『タンノイ ウエストミンスター ロイヤル/GR』  希望小売価格 3,000,000円/台(税抜) \(◎o◎)/!
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 実は今回の利用は2回目でした。1週間前にも利用。その際は、チェリビダッケ指揮ブルックナー交響曲第8番東京ライブ盤を聴きました。途中で係員に頼んで音量をもっと上げてもらいました。しかし、やや上げ過ぎたのか不快に感じる時が度々あり、いつも感動が下りてくる第3楽章がそうなる前に終わってしまいました(悲)。
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 前回と今回は何故こうも違うのか? 音量お任せで上げ過ぎなかったことがあるでしょう。それ以外にも?

 終わってから係員が明かしてくださったのですが、真空管を一本替えたそう。それまで高音がキンキン鳴っていたのが、交換によって落ち着いたと係員の方がおしゃっていました。その真空管はもはや生産されていないもので、中古でありながら一本10万ほどするものをやっと探し出したとあっさりとおっしゃいます。こだわりの凄い未知の世界が広がります。私の耳がその違いを聴き取っていたのかは甚だ疑わしいですが、今日のCDは良かった。



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 可能であれば生演奏を聴きに行きたい。でもその機会がこのあたりでは限られています。であればこのサービスを利用するのも手でしょう。これ、鶴屋という百貨店による、完全に利益度外視の顧客サービスです。今後もストレス解消に時折利用しそうです。そうそう、3月に凄いシステムが入るそうです

 予約で立て混んでいなければ、80分という時間に多少融通を利かせてもらえます。だって、チェリのブル8は一曲で97分も演奏時間があったんですから。



ぬりめいずにハマる

 ここしばらくハマっていたのがパズルを解くことです。気を付けないと没頭してしまうので、少しずつ時間を取ってやっと完成しました。

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 パズル通信ニコリという季刊誌を何年も定期購読しています。その中の新作パズル「ぬりめいず」というのがメチャクチャ面白いです(上の写真)。

 このサイズのパズルになるとものすごく難しいです。でも解けたときの達成感・満足感も大きいです。

 上のはまだ答え合わせしていませんが、左上のS(スタート)から右下のG(ゴール)までオレンジ色の線が一筆でつながっています。


◆ ぬりめいずのルールはコチラ。(ニコリ公式サイト)

◆ web上で楽しめる「ぬりめいず」のページはこちら


 解いてみなっせ。でも、まずは簡単なのから。

死ぬときに後悔すること

 身近な親の死などいろんな死に遭遇することが多くなって、最近、生と死に関するいろいろな情報を集めるようになりました。酒を酌み交わす同級生が生死に関わる重い病気になったことや、自分自身も体力の衰えや老化を如実に感じるようになったのもあるかもしれません。

 反面教師のような形でも良い。多くの人々の経験を通して導き出せる人間の本質についてもっと知りたい。その点で、下記の本は非常に興味深いものでした。

「死ぬときに後悔すること25」 大津秀一著

 著者は、1000人を超える末期患者と正面から向き合い、その死を見届けた緩和医療専門医。それぞれの患者が吐露した“やり残したこと”を25に集約してあります。人が何を後悔して死んでいくのかよく理解できます。共感する部分も多々あり。難しい内容はなく、さくさく読めます。

1.健康を大切にしなかったこと
2.たばこを止めなかったこと
3.生前の意思を示さなかったこと
4.治療の意味を見失ってしまったこと
5.自分のやりたいことをやらなかったこと
6.夢をかなえられなかったこと
7.悪事に手を染めたこと
8.感情に振り回された一生を過ごしたこと
9.他人に優しくしなかったこと
10.自分が一番と信じて疑わなかったこと
11.遺産をどうするかを決めなかったこと
12.自分の葬儀を考えなかったこと
13.故郷に帰らなかったこと
14.美味しいものを食べておかなかったこと
15.仕事ばかりで趣味に時間を割かなかったこと
16.行きたい場所に旅行しなかったこと
17.会いたい人に会っておかなかったこと
18.記憶に残る恋愛をしなかったこと
19.結婚をしなかったこと
20.子供を育てなかったこと
21.子供を結婚させなかったこと
22.自分の生きた証を残さなかったこと
23.生と死の問題を乗り越えられなかったこと
24.神仏の教えを知らなかったこと
25.愛する人に「ありがとう」と伝えなかったこと

 人間は自分にいずれ死が訪れることを考えることができない生き物のようです。でもそこを意識するようになると、生き方をより充実させられると思います。 

アルジェリア人質事件に想う

 連日アルジェリアの天然ガス関連施設で起きた人質事件の報道がなされている。亡くなった方の遺体が帰国している映像を見て、また、残された家族の言いようのない深い悲しみと慟哭を見て、私自身も胸が締め付けられるような思いをもち、涙しそうになる。本当につらい。

 特に1年前に親父を亡くしてから、死について、自分の生き方について、以前より深くまた身近に考えるようになった。そのせいか最近そんな話題の本を何冊か読んでいる。


 最近深く心を動かされた本がこれ。

 「エンジェルフライト国際霊柩送還士」。2012年第10回開高健ノンフィクション賞を受賞している。
エンジェルフライト

 この本を通して初めて、海外で亡くなった方の遺体を日本に送還したり、日本で亡くなった外国の方の遺体をその故国に送還したりする仕事があるのを知った。そして読み終わった頃ちょうど、アルジェリアの事件が起こった。

 今回の遺体搬送にも、この本でその仕事が詳細に記されていた「エアハース・インターナショナル株式会社」が関係しているのではないかと思う。また、身元確認に長い時間がかかったことを考えると、遺体には相当損傷があったのではないかと推測される。

 だから、〔ご遺族に〕会わせられるようになんとかするんです。ひどい状態のままだとご家族は、現実を見ようとしなくなります。『これはあの子じゃない、違う人だ』と、そう思う。だから死を受け入れられるように、きちんと対面させてあげたい。お別れをさせてあげたいと思うんです。
(211頁より)



 この本の中では、海外で転落して亡くなった男性が羽田に戻ってきたときのエピソードが紹介されている。妻は現地で本人確認をしている。

 損傷の激しい遺体の修復過程の記述は実に生々しい。しかしその結末では実に不思議な安堵感に包まれる。

 顔の輪郭ができたところで、パスポートを横に置き、鼻の形、目の形、口の形を慎重に直していく。ワックスで均し、そこにファンデーションで色を載せていった。
 時間が逆に戻る。その人が、その人らしさを取り戻して穏やかに微笑んだのを利幸は見た。
<おかえりなさい。奥さんが待っていますよ>
 利幸は新しい棺に遺体を納めると、作業を終了した。

 遺族に遺体を送り届けに行く。柩を家に安置し、利幸は「ご確認ください」と柩の小窓を開けた。それを覗き込んだ途端、妻は「ああ・・・・・・」と叫ぶと、柩に取り付いて泣いた。
「ありがとうございます・・・・・・、あの人です。・・・・・・ありがとう・・・・・・」
 親族に対面させることなどできるはずがないとあきらめていた妻は、夫を親族に対面させた。みな大泣きをしていた。」
 妻は上がりがまちのところで正座をすると、頭を床にこすりつけるようにして何度も何度も礼を言った。
(213頁より)



 そもそも今回のアルジェリアのような悲惨な事件が起きなければいいのである。しかし現実には起きてしまった。まったく無力である。そして、ご遺族の愛する家族を突然に亡くした限りなく深い悲しみは、今の世界では決して癒されることがないであろう。でも、でも、せめて、ご遺体がきれいになって帰ってくることにより、ご遺族が死を受け入れられるようになることを切に願う。

 ふつう人はその両親が愛情を込め苦労して何十年もかけて育ててきたものだ。その命を別の人がいとも簡単に故意に奪ってしまう。親が存命ならどれほど嘆くであろう。最も若い人は29歳、私と同県人だそうだ。また、年老いた母親が先立った中年の息子の名を呼んで嘆き悲しむ。本当に理不尽だ。