「新・桃山展 - 大航海時代の日本美術」と梅ヶ枝餅

 九州国立博物館で開催されている「新・桃山展 - 大航海時代の日本美術」
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 織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三人の支配者の時代に分けて展示されていました。鉄砲が伝来してから南蛮文化、桃山文化が発展し、やがて禁教となっていく過程の文化です。



 教科書などで写真でしか見たことのない文化財、フランシスコ・ザビエル像。 ※ロゴの入った写真は「九州国立博物館」から提供をうけています。
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 興味深かったのは海賊「倭寇」の役割の重要性。日明貿易で倭寇と正式な貿易船を区別するために勘合符が用いられたと学習するところです。倭寇って完全な裏の存在だと思っていました。でも彼らの密貿易があったからこそ、日本を変える鉄砲伝来やザビエルの来日もあったんですね。また彼らがいたから多様な文化が発展したんですね。海賊が歴史を切り開いたと言えるのですね。新たな理解でした。



 これは大徳寺・聚光院の、狩野永徳の国宝「花鳥図」。実物を目にするのは昨年に続き2度目。
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 昨年12月、当の聚光院で、博物館から里帰りした襖絵を、実際に部屋に組み込んだ形で鑑賞しました

 今回は、その部屋で見た、向かって左側の面の襖絵のみ、展示会にやってきていました。あの日は雨で薄暗く、絵がよりくすんでいた印象しかなかったのですが、今回ははっきりと見ることができました。左側だけしかなかったのは残念ですが。


 これは権利か何かの関係で画像提供がなかったのですが、教科書などでおなじみの狩野永徳の「唐獅子図屏風」も、本物を間近で見るとその迫力に心動かされました。屏風自体がとてもでかいですし、描かれた唐獅子もでかい。どっしりとした重厚な作品で、個人的には右の獅子の眼光が鋭くて、圧倒されました。



 近くから微細な点を見たり、やや離れて全体を見たり、絵画は楽しめましたねえ。









 エラスムス像。1600年(慶長5)豊後国臼杵の海岸に漂着したオランダ船リーフデ号の船尾像。
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 この船には、のちに徳川家康に重用されたイギリス人航海士ウィリアム・アダムス(三浦按針)も乗船していました。
 三浦按針、確か英語の教科書か何かで若い頃学んだ気がします。あまり思い出せないけど。






 濃厚な時間をたっぷり楽しんだ後、太宰府に来て初めて名物梅ヶ枝餅を買って帰ることにしました。梅ヶ枝餅を売る店はたくさんあれど、できるだけおいしいものを食べたい。

 それで、梅ヶ枝餅の食べ比べをかつてしたことのある兄の個人的情報をもとに、とある店を目指しました。それは表参道ではなく、太宰府天満宮の裏にある茶店。

 何度も九博に来ていながら、初めて足を延ばす天満宮の裏手。境内を通って行けば簡単だったようですが、それを知らず、外に出て人に尋ねて遠回りしてしまいました。ここは裏手にある境内に通じるトンネル。遠回りしたから気づけたトンネルでもあります。
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 目指す茶店お石茶屋。鮮やかかつ風情がありますね。もちろん茶店の中でも食べられます。梅ヶ枝餅と抹茶で540円だったかな。
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 さだまさしの「飛梅」という歌の詞の中に、「裏庭を抜けて お石の茶屋へ寄って 君が一つ 僕が半分 梅ヶ枝餅を食べた」とあるのを知ったのは、このあとのことでした。


 兄の分も含め家族で食べる分を買いました。確かに「おいし」かったです。

鶏(にわとり)の画家

 久しぶりに日中ゆっくりできる日ができたので、自宅から徒歩で県立美術館に「若冲と京の美術」展を見に行くことにしました。

 チケットを持っていないので、前売券をゲットすべくプレイガイドへ。もう展覧会は始まっているのに、前売券(千円が800円に)がまだ買えるのです。



 熊本地震で被害を受けた熊本城の中を通ります。


 一本足の戌亥櫓(いぬいやぐら)。
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 以前より近づいて見られるようになっていました。解説板もあり、復興見学ルートとして整備されてきているようです。


 ちなみに、北十八間櫓もこんなふうに解説付き。
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 崩れ落ちた石垣の石に番号を振って、仮置きしてあります。
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 これがあるべき位置に戻されるのはいつになるでしょう。気の遠くなるような作業です。



 県立美術館本館まで8キロ近く歩きました。



 実は伊藤若冲のこの雄鶏を生で見たかったのです。ちなみに前期と後期で一部の作品が入れ替えられます。この作品はその対象。ですから、「雪中雄鶏図」をここ熊本で見るためには10月22日までに行かねばなりません。
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 絵に詳しくはありませんが、一言で言うなら鶏(にわとり)の画家だと思いました。
 ※ こちらのブログに、その雄鶏の大きな画像があります。http://blog.goo.ne.jp/mo_ri2200/e/0c58e842942a177b43d078c64bddaeb4


 私がどんなに説明したところで実際に見るのに勝るものはありません。雄鶏の首から下の羽毛の柄や濃淡が緻密なこと。子どものころ鶏を飼っていた記憶が甦り、その体温を感じてしまいました。よくもまあ人間業でできるもんだと感心することひとしきり。

 墨絵の「花鳥図押絵貼屏風」にも感動。色が付いていないのに墨の濃淡で表現されてる鶏が秀逸。雄鶏が片足をあげているのは実際の場面を切り取ったかのよう。観察眼の鋭い方だったんでしょう。鶏以外にもカラスっぽい鳥やオシドリの描き方にも唸りました。墨の線でシンプルなのに特徴をよく捉えていると。

 見終わった後、売店で額入りの色紙サイズの雄鶏図を買いたかったほど。徒歩なので諦めましたけど。あとで買いに行くかもしれません(笑)。たぶんどこに飾るのと言われますけど。



 熊本城の工事風景。
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 帰りは城彩苑にだけ寄って真っすぐ帰宅。城彩苑では陣太鼓ソフトクリームを食べて休憩。

 帰りに歩いた距離は6キロ強。今日は適度な日差しがあり、汗びっしょりになりました。




 でも、それで終わりませんでした・・・。何か物足りない。何がって体を動かすのが、です。合計14キロも歩いているのに。帰宅後ジョギングに出かけてしまいました。キロ7分30秒程度のスローペースジョグ。息も上がらず楽。時間があればもっと走ることができたと感じました。

 結局11キロ走って、徒歩とジョグの合計は25キロになりました。20キロ超えたのって久しぶり。

 


この人々は誰?


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 人物がこちらを見つめる目線で撮影したつもりだったんですが、最後の男性はちょっとずれてしまいました。惜しい。


 実は彼らはクロマニョン人(フランスのクロマニョンという場所の岩陰で、人骨化石が見つかったことによる)。この人々は我々と同じ人類です。芸術を理解する心があります。



 楽しみにしていた「ラスコー展」(太宰府・九州国立博物館)に行ってきました。現在の歴史教科書(熊本市で使っているもの)にも、その壁画が載せられている有名な洞窟です。
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 個人的には、近年の展示会の中で最も面白かったものの一つになりました。

 上の人物たちの全体像はこちら(エリザベット・デネス作)。
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 誰も彼らに会ったことがないので、その姿は出土品などから推測するしかないのでしょうが。


 なお、ロゴの入った画像は「九州国立博物館」から提供をうけたものです。入っていないものは?そう、自分で撮影したものです。会場の中には、フラッシュを使わない限り自由に撮影してよい区画があったのです。こんな展示会、これまでなかったように思います。SNSが発達した現代、宣伝にもなり、なかなか良いアイデアだと思います。歌手のコンサートでも撮影OKの時間がわざわざあるくらいですから。

 一番最初の画像、指をさす女性の参考になったものがこれ。
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 頭飾りが同じですよね。









 次の記事では、ラスコー洞窟の壁画を紹介。

ラスコー洞窟の壁画

 この展覧会には当然壁画が来ていました。もちろん精密な実物大のレプリカです。この区画も撮影OKでした。


●身廊の壁画③ 大きな黒い牝ウシ
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 一定間隔でライトが点いたり消えたりし、壁画の一部(2枚だけ)は輪郭線が浮かび上がるようになっていました。思わず歓声が上がっていましたね。
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●身廊の壁画① 褐色のバイソン、ヤギの列、ウマの列
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 輪郭線が青色に光ったのはこの2枚だけでした。


●身廊の壁画② 泳ぐシカ
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●身廊の壁画④ 背中合わせのバイソン
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●井戸の場面 腸のはみ出たバイソンがトリの頭をした男(トリ人間?)を突き倒しています。
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下にはトリの形をした投槍器?があり、左はお尻だけしか写っていませんがケサイがいます。


 これらの壁画のレプリカ(ラスコー3という)は通路の両側に置かれ、さながら洞窟の中を歩いて見てまわっているような感じです。


 では、どのようにして「ラスコー3」は作られたか?
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 上の画像にあるように、実際の壁面を精密に三次元計測するなどして、寸分たがわぬものが作られたようです。


 ラスコー3があるなら、ラスコー1や2もある?
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 あります。ラスコー1は実物(今は立ち入りを認められていません)、ラスコー2は、ラスコー1のそばに手作業で洞窟の一部を再現した空間(観光客向け)です。
 そして現在はラスコー4まであるようです。


 これがラスコー洞窟の全容。
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 複雑な形をした洞窟で、一部は這って進まなければならないところもあります。

 実物の10分の1の模型がいくつもあり、中をのぞけるようになっていました。
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クロマニョン人が当時見ていた動物たちの化石などを展示するブース。ここは撮影OKでした。多くの人が撮影しているでしょ?
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 ウシやウマもいますが、この時代は野生のものですからねえ。今のとは違ってたくましい。

 
 オオツノジカの頭骨は立派でしたねえ。
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 このシカにクロマニョン人が出会ったのかどうか分かりません。どちらかというとトナカイをよく狩猟して、すべての部位を利用していたようです。


 マンモスの牙にさわってみようというコーナーもありました。
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 私は断面部分に興味があったりして。こんなところ撮影する人少ないでしょうね。
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 ケサイの頭骨。かっこいいですよ。
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 この展示会でさらに感心したのは、どうやって打製石器や骨製道具を作り出したか、です。詳細なビデオ付きの制作過程の説明がありました。
 その中で特に興味深かったのが、骨で作った縫い針、きちんと糸を通す穴まで開いている針の製造過程。ビデオに目がくぎ付けになりました。
 また、大きな月桂樹葉形尖頭器の美しさと薄さに感動。芸術品のようでした。




 クロマニョン人、よくある猿人や原始人のイメージで見るのは大間違いです。現代人と同じ芸術性をもった人間です。そんな昔の人々の生活を垣間見ることができて知的好奇心が満たされました。





お得情報

 車で行って長時間の渋滞に巻き込まれた経験があるので、独りで行くときには、実家の最寄り駅から西鉄を利用して太宰府まで行きます。そういう場合お得なのが、西鉄の各駅で発売されている「九州国立博物館きっぷ」
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 往復乗車券と博物館観覧券(特別展常設展とも)が合わさっています。これがなぜ良いか? 博物館観覧券が前売券より安い。今回は1,300円で観覧できたことになります。
 そして、ささやかながら、二枚の絵ハガキと太宰府クーポンも付いていました。


太宰府は梅の咲き始め - 「 宗像・沖ノ島と大和朝廷」展

 大宰府は梅が咲き始めていました。
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 「宗像(むなかた)・沖ノ島と大和朝廷」展を九州国立博物館に見に行きました。
 
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 平日の火曜日に行きましたが、今回は以前のように列に並ぶこともなくスムーズに観覧できました。

 ※以下の画像は九州国立博物館から提供していただきました。

第1章 歴史をつなぐ海
沖ノ島祭祀の舞台であり、東アジア交流の窓口となった筑紫(つくし)の海。沖ノ島祭祀を担った宗像君(むなかたのきみ)をはじめとした筑紫の人々は、九州沿岸を基点に大和・筑紫・韓国(からくに)で躍動しました。その躍動の歴史は、『古事記』・『日本書紀』に記録されるだけでなく、発掘調査によっても明らかとなりつつあります。本章では、往時の海上航路をたどりながら、宗像君・筑紫君(つくしのきみ)等をはじめとした豪族の姿を紹介します。



 個人的に改めて興味深く思ったのは、熊本県の宇土半島でしか産出されない馬門石(まかどいし、別名「阿蘇ピンク石」)で、巨大で重い石棺を作り、大和まで長い距離を運んでいたことでした。九州西岸から出土する土器に共通のS字模様が見られるのは、熊本にも「肥の君」という権力者がいて、筑紫や宗像の君とつながりがあったらしく、そんな移動も可能だったよう。

 豪族が所有していた船を模した埴輪。波を切り裂く大きな板が目立ちますね。座っている人は当時の身分の高い人物。座っている=身分が高い、をあらわしているようです。
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 南西諸島で採取されたイモガイの文様と光沢が、馬具や腕輪などの素材として、古代の人々を魅了したようです。 実際に触ることのできたイモガイは大きさに比べずしりと重かったです。
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 私の地元熊本・氷川町の古墳からの出土品が多数展示してあって、ちょっと嬉しい気分。



第2章 神話の風景
沖ノ島祭祀が成立した古墳時代。人々は、清らかな水辺や村の中で「八百万乃神やおよろずのかみ」に祈りを捧げていました。また、古墳に死者を埋葬する際には、墓室に宝物や食料を納め、墳丘に常世の姿を模した埴輪をならべていました。これらの神まつりや古墳祭祀の風景は、日本最古の歴史書である『古事記』・『日本書紀』の記述に散りばめられるだけでなく、発掘調査で発見される祭祀の痕跡や古墳からも垣間見えます。『古事記』・『日本書紀』に記された世界と日本各地の出土品を照らし合わせたとき、日本古来の神まつりの姿が浮かび上がります。



 日本の神話と出土品から学びます。ここに展示されていた「ミニチュア土製品」の中のものに目が釘付け。四つ足のずんぐりコロッとしたものは、私が大好きなカメではなかろうか、と。(八女市の南中学校庭遺跡というところからの出土だそうです)
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 日本書紀に記されている埴輪を作り始めた理由が興味深かったです。天皇の死後、従者の殉死をやめるため。
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 のちほど売店で立ち読みした本では、その意見に否定的でした。諸説入り乱れているとか。

 笑ってますよ。
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第3章 神宿る島の源
大和から遠く離れた絶海の孤島・沖ノ島で行われた神まつり。沖ノ島祭祀遺跡で発見された約8万点の国宝には、三角縁神獣鏡・金製指輪・金銅製龍頭をはじめとした希少な宝物が数多く含まれています。 これほどの宝物を奉納した祭祀遺跡は、他に例がなく、大和朝廷が行った国家祭祀の中でも、沖ノ島祭祀がとくに重要な役割を担っていたことを物語っています。本章では、沖ノ島、大和、韓国の祭祀遺跡や古墳の出土品を比較しながら、神宿る島の源に迫ります。


 大和と沖ノ島、韓国(からくに)で出土したものの比較を興味深く思いました。

 ここから国宝がズラリ(沖ノ島出土のものの国宝数の多さにびっくり)。有名な三角縁神獣鏡。でもこれは重要文化財の大和のほうかな?
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 これはよくわかる資料。金製指輪の比較。沖ノ島、大和、韓国(からくに)で模様が似てます。
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 これは沖ノ島で見つかった金製指輪(国宝)の大きい画像。
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 金製指輪の展示はものすごく厳重でした(笑)。盗難防止でしょうね。

 機織のミニチュアまで見つかっています。よくできていました。
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 自分の住んでいる九州地方の古代史、興味深かったです。



 見終わってなぜか売店で買ってしまったものはこの粘土。1個320円。
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 (そんな時間ないのに)粘土細工をしてみたくなりました(笑)。自分が使わないなら、知り合いの美術の先生へのプレゼントにしようかと。