太宰府は梅の咲き始め - 「 宗像・沖ノ島と大和朝廷」展

 大宰府は梅が咲き始めていました。
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 「宗像(むなかた)・沖ノ島と大和朝廷」展を九州国立博物館に見に行きました。
 
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 平日の火曜日に行きましたが、今回は以前のように列に並ぶこともなくスムーズに観覧できました。

 ※以下の画像は九州国立博物館から提供していただきました。

第1章 歴史をつなぐ海
沖ノ島祭祀の舞台であり、東アジア交流の窓口となった筑紫(つくし)の海。沖ノ島祭祀を担った宗像君(むなかたのきみ)をはじめとした筑紫の人々は、九州沿岸を基点に大和・筑紫・韓国(からくに)で躍動しました。その躍動の歴史は、『古事記』・『日本書紀』に記録されるだけでなく、発掘調査によっても明らかとなりつつあります。本章では、往時の海上航路をたどりながら、宗像君・筑紫君(つくしのきみ)等をはじめとした豪族の姿を紹介します。



 個人的に改めて興味深く思ったのは、熊本県の宇土半島でしか産出されない馬門石(まかどいし、別名「阿蘇ピンク石」)で、巨大で重い石棺を作り、大和まで長い距離を運んでいたことでした。九州西岸から出土する土器に共通のS字模様が見られるのは、熊本にも「肥の君」という権力者がいて、筑紫や宗像の君とつながりがあったらしく、そんな移動も可能だったよう。

 豪族が所有していた船を模した埴輪。波を切り裂く大きな板が目立ちますね。座っている人は当時の身分の高い人物。座っている=身分が高い、をあらわしているようです。
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 南西諸島で採取されたイモガイの文様と光沢が、馬具や腕輪などの素材として、古代の人々を魅了したようです。 実際に触ることのできたイモガイは大きさに比べずしりと重かったです。
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 私の地元熊本・氷川町の古墳からの出土品が多数展示してあって、ちょっと嬉しい気分。



第2章 神話の風景
沖ノ島祭祀が成立した古墳時代。人々は、清らかな水辺や村の中で「八百万乃神やおよろずのかみ」に祈りを捧げていました。また、古墳に死者を埋葬する際には、墓室に宝物や食料を納め、墳丘に常世の姿を模した埴輪をならべていました。これらの神まつりや古墳祭祀の風景は、日本最古の歴史書である『古事記』・『日本書紀』の記述に散りばめられるだけでなく、発掘調査で発見される祭祀の痕跡や古墳からも垣間見えます。『古事記』・『日本書紀』に記された世界と日本各地の出土品を照らし合わせたとき、日本古来の神まつりの姿が浮かび上がります。



 日本の神話と出土品から学びます。ここに展示されていた「ミニチュア土製品」の中のものに目が釘付け。四つ足のずんぐりコロッとしたものは、私が大好きなカメではなかろうか、と。(八女市の南中学校庭遺跡というところからの出土だそうです)
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 日本書紀に記されている埴輪を作り始めた理由が興味深かったです。天皇の死後、従者の殉死をやめるため。
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 のちほど売店で立ち読みした本では、その意見に否定的でした。諸説入り乱れているとか。

 笑ってますよ。
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第3章 神宿る島の源
大和から遠く離れた絶海の孤島・沖ノ島で行われた神まつり。沖ノ島祭祀遺跡で発見された約8万点の国宝には、三角縁神獣鏡・金製指輪・金銅製龍頭をはじめとした希少な宝物が数多く含まれています。 これほどの宝物を奉納した祭祀遺跡は、他に例がなく、大和朝廷が行った国家祭祀の中でも、沖ノ島祭祀がとくに重要な役割を担っていたことを物語っています。本章では、沖ノ島、大和、韓国の祭祀遺跡や古墳の出土品を比較しながら、神宿る島の源に迫ります。


 大和と沖ノ島、韓国(からくに)で出土したものの比較を興味深く思いました。

 ここから国宝がズラリ(沖ノ島出土のものの国宝数の多さにびっくり)。有名な三角縁神獣鏡。でもこれは重要文化財の大和のほうかな?
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 これはよくわかる資料。金製指輪の比較。沖ノ島、大和、韓国(からくに)で模様が似てます。
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 これは沖ノ島で見つかった金製指輪(国宝)の大きい画像。
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 金製指輪の展示はものすごく厳重でした(笑)。盗難防止でしょうね。

 機織のミニチュアまで見つかっています。よくできていました。
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 自分の住んでいる九州地方の古代史、興味深かったです。



 見終わってなぜか売店で買ってしまったものはこの粘土。1個320円。
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 (そんな時間ないのに)粘土細工をしてみたくなりました(笑)。自分が使わないなら、知り合いの美術の先生へのプレゼントにしようかと。

京都 心揺さぶられる滝の美

 北野白梅町で嵐電を降り、すぐさま路線バスに乗りました。バスはすし詰め。乗ったはいいが、料金を払うために前ドアまで行けない外国人は、とうとう後ろのドアから降りてしまいました。タダ乗りやん。バスの運転手もこの状態だと何も言えません。すし詰めは金閣寺前までのこと。私たちはもっと先まで行きます。そして「大徳寺前」で下車。

 この旅行の直前まで「大徳寺」なるものを知りませんでした。実際に来てみて、大徳寺とは広大な敷地を持ち、その中になんとか院という名前のたくさんのお寺が集まっている集合体だと理解しました。歴史上の有名人の墓所も多くあるようです。予習不足ですね。

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≪門前の民家の玄関に掛けられた暖簾。なかなかお洒落≫



 そして向かったのが「聚光院」(じゅこういん)
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 「創建450年記念特別公開」が今年の3月から来年の3月まで1年間限定で行われているのです。

 何の特別公開?

● 博物館から里帰りした襖絵を、実際に部屋に組み込んだ形で見られるというもの。それは国宝「花鳥図」(狩野永徳 筆)などの作品。

● それともう一つ、初公開の襖絵「滝」(千住博 筆)


 ただ、これを見るには予約優先です。しかし、この展示自体の存在を私が知ったのが、京都行きの前日だったので、予約なんてとっくに締め切られていました。あとは当日行って空きがあるならば、その場で予約して、いわば飛び込みのようにして鑑賞できます。しかも入られたとしても2,000円「も」必要。

 そんなハードルが高い特別公開を見ることを勧めてくれたのは、かかりつけ医でした。実は私は京都に行く前に体調を崩し、結婚式があるので何とかして欲しい、とそのクリニックに駆け込んだのです。その際、京都に行くなら、今しか見られないこれをぜひ見たらいい、と強く勧められました。ちょうど患者が途切れた時間帯だったため、博物館美術館好きの医師は、タブレットで「滝」の写真を私に見せてくれたり、院内に飾られている絵のところに私を連れて行って解説したりしてくれました(笑)。その医師のそれまで知らなかった意外な一面を見ました。




【飛び込み予約】
 果たして受付に行くと、受付スタッフは予約用紙をめくりながら、今日は3時40分からなら可能ですとおっしゃいました。見られる見られないはすべて彼女にかかっています。しかし、1名のみと付け加えられました。そう最後の一枠だったのです。

 「一名しか入れないだって・・・。ごめん!。俺に行かせて!」

 ここに行くのはもとは私から言い出したこと。快く妻は譲ってくれました。ここから先は別行動。妻は自分がもっと関心のある祇園へ行くことになりました。


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 さて、入場まであと2時間もあります。私たちはお昼を食べていなかったので、門前のお店で妻と共に遅いランチ。その後門前のお店をしばし一緒にぶらぶら。雪虫が飛んでいる!とは妻。これが雪虫か、もう雪の降る時期が近づいているのでしょうか。そうこうするうちに曇った空からついに涙が落ちてきました



【いざ鑑賞】
 3時30分に聚光院の受付に行くと、雨は本格的に降り始めました。予約者がどんどん集まってきます。一方、予約なしでやってきた人は断られています。断られた人を何人見たことか。

 2,000円支払い、パンフレットと黄色い札をもらいました。「百積庭」が見える建物に入った時から、撮影禁止。ここで靴を脱ぎます。庭に入ることも禁止されています。その表示もありますが、ここで初めて関守石の実物を見ました。関守石については、中学生用教材で読んで知っていましたが、実物を見るのは初めて。文字通り通せんぼするのではなく、この石から先は立ち入るべからずと無言で示すもの。いかにも日本的なものであり、個人的には自宅にでも置いておきたいもの。風流を解する人にしか気づいてもらえませんが。

 靴を脱いで上がった建物で荷物をすべて預けます。解説をメモするためのペンなども持ち込み不可でした。国宝に万一のことがあったらいけないからでしょう。

 これから40分ほどの見学です。荷物預けの場所にトイレがあるので、済ましておくことをお勧めします。ガイドが一人、グループの最後について来て見終わった部屋の扉を閉める人が一人付きます。



【国宝が眼の前に】
 まずは百積庭に面した縁側に、庭に向かって皆一列に腰かけます。庭園の垣根を超えたところに、千利休の墓所があるようですが、そこを見ることはできません。庭についての解説を聞きます。

 次に手前から各部屋の襖絵を見ていきます。その絵についての説明を非常に興味深く思いました。

 照明の限られた部屋の中の「国宝」は、雨の降る薄暗い空と同じように薄暗くくすんでいました。晴れた日に来たなら、見え方がずいぶん違っていたかもしれません。しかし、その配置の妙は非常に興味をそそられるものでした。最初に見た「瀟湘八景図」では、その左奥に山が描かれていました。その左隣の部屋にある「花鳥図」では、右奥(前の部屋の山のあった位置)から雪解け水が流れ込み、さらには中央の「蓮池藻魚図」にも流れているのです。その連続性と四季が描き分けられていることにうならされました。さらに襖絵を本来あるべき位置にはめ込んだ時に、セキレイ同士が空間を隔てて視線を合わせる様は、博物館の平面展示では決してわからないものでした。

 国宝襖絵46面を見た後は、ふたつの重要文化財の茶室を実際に見ながらの解説を聞きます。茶室横の縁側(廊下)は、建物側の半分が重文、庭側のもう半分がそうでないとの説明も面白かったです。板目の重文とそうでない部分をまたいで歩くことができます(笑)。

 そして最後に、そう最後に、私が一番楽しみにしていた千住博の大作「滝」を見ることができます。




【ついに滝が出現】
 目の前に広がった鮮烈な青の背景の中で落下する白い滝は、本物の滝のようであり、聚光院の静寂の中で、その水音が響きわたるかのようでした。ネット上で見られる画像より、青はもっとヴィヴィッドな青。これにはいたく心を動かされました。食い入るように滝を鑑賞します。他の拝観者が部屋を出はじめた後もできるだけその場に居たいと思うほどであり、実際に可能な限りそうしてしまいました。名残惜しくその場を後にしました。




【結論】
 2,000円、高いと見る向きもあるでしょう。私も最初はそう思いました。でも今は十分その価値はあると断言できます。ここに千住博画伯筆の滝の画像をあげられないのは残念ですが、興味のある方は下のリンクからぜひご覧ください。実物は思わず驚嘆の声が出るほど出来栄えです。感動間違いなし。近くに住んでいれば、一連の作品をもう一度2,000円払ってでも見たい・・・。今回の京都観光で最高の思い出になりました。




大徳寺 聚光院
創建450年記念特別公開
2016年3月1日~2017年3月26日


★千住博 筆「滝」のきれいで大きな画像を見ることのできるサイト
 INTOJAPAN

★動画も見ることができるJRのサイト。
 「そうだ 京都は、今だ。」

★拝観予約サイト
 京都春秋 ※終了しました

※ 予約について、次の方法があります。
◯上記サイトでのインターネット予約。拝観希望日の5日前締切。
◯拝観希望日の朝早くに現地受付に出向く。朝のうちに当日分の予約は埋まってしまうことが多いそうです。
◯希望日の前日に現地受付に出向き、翌日分の予約を取る。
◯当日受付でキャンセルが出るのを辛抱強く待つw。


特別展「京都 高山寺と明恵上人 - 特別公開 鳥獣戯画 -」

 九州国立博物館で開かれている特別展「京都 高山寺と明恵上人 - 特別公開 鳥獣戯画 -」を見に行きました。見たかったのは国宝の「鳥獣戯画」、正式には「鳥獣人物戯画」というようです。

 いつものように妻の実家に車を停めさせてもらい、そこから電車で太宰府まで。今日の西鉄は平日のお昼なのにいつになく混んでいました。


 太宰府天満宮の参道で、手話で話す二人組を発見。しかしよく見ると日本手話ではありません。外国人のろう者のようです。早速話しかけました。すると日本手話で返事が返ってきました。
 なになに、韓国から来た総勢34人の、ろう者と聴者の混じった団体さんだそうです。周りにはほかにもろう者がいました。手話は世界共通ではありませんが、不思議なことに初対面なのに手話だと何とか通じることが多いです。音声言語ではなかなかこうはいかないでしょう。今回は相手が日本手話を少し覚えていたようで、難なく会話成立。



 九博の入り口まで来ると、私にとっては今まで見たことがない看板が。何と入場まで30分待ち
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 入り口を入ってすぐから並んでいました。これが休日なら空きスペースが埋まるほど並ぶんでしょうね。そして奥のエスカレータの上り口で、階上へ上がる人数を制限していました。
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 しかも、エスカレータを上がった後も、展示室前で並ばねばなりません。
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 今まで特別展は何度も見に来ていますが、ここまで並ぶことは私の知る限りありません。

 
 やっと展示室内に入れたと思ったら、鳥獣戯画を最前列で見るために、再び二列で並びました(笑)。そして少しずつ進んで、鳥獣戯画の直前で一列になります。ちょっと離れて見てもいい人はさっさと入れますが。 ※ 以下展示室内の画像は九博のご厚意により提供を受けました。
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 ついに国宝が目の前に。

 ウサギ、サル、カエルが擬人化されている甲巻。動物たちの動きや表情が生き生きとしていました。
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 ↓ 超有名な部分ですよね。
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 乙巻(だと思う)。
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 たぶん丁巻。
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 こう見て比べると、甲巻の絵がうまいと感じました。


 鳥獣戯画の前では、立ち止まらずゆっくり移動しながら見ることが求められました。しかも、並んでいた時間からするとあっという間に見終わってしまいました。その展示部屋を出たら、後戻りはできません。




 鳥獣戯画は圧倒的な重みがありますが、この展示会の圧倒的な量を占めているのは、中後半の「高山寺と明恵上人」の部分です。この特別展は中後半がメインなのです。鳥獣戯画で有名な高山寺を開いたのが明恵(みょうえ)で、この方のエピソードが非常に面白かったです。それを知るには、このユーモアたっぷりの冊子を読むと良いでしょう。 「レジェンド オブ 明恵」へのリンク

 展示物の中で唯一じっくり眺めたのがこれ。

「子犬」。動き出しそう。子犬の眼にも魅かれました。眼はどうやって作ってるのでしょう。
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 私が展示室から出たあとも、入り口には大勢の方々が並んでおられました。
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 一番下の階も。午後3時で30分待ちでした。
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 こんなに並んでも、国宝を見られるのは短時間です。そのあとの展示物に関心がなければ、なおさらあっという間に終わった感がするでしょう。“前菜”が“超大盛”です。


 鳥獣戯画のさらにもう一階上の常設展内のトピック展示はきらびやかなもの好き、歴史好きには目を引くものがありました。
 まずは「きらめきで飾る 螺鈿の美をあつめて」。螺鈿(らでん)の美しさに魅かれる人にはたまらないでしょう。斯く言う私がそう。かつて熊本の百貨店で見た螺鈿細工の精緻さが忘れられません。
 それともう一つ。「海の王都 原の辻遺跡と壱岐の至宝」もなかなか興味深い展示でした。「一支国」、最初何だこりゃと思いましたが、「いきこく」と読みます。そう壱岐(いき)です。魏志倭人伝にも記された国で、南北の交易で栄えたとあり、その証拠となる出土品がたくさん見つかっています。イエネコ🐈の起源が弥生時代までさかのぼれるというエピソードも興味深く思いました。
 自分としてはこちらの展示が見て美しく、歴史のロマンをかき立てられ、見ごたえがありました。

緑と青の画家

 「東山魁夷: 自然と人、そして町」(Kaii Higashiyama: Nature, Men and Towns) に仕事が忙しくなる前の海の日に行ってきました。

 ここの展覧会、かつては車で行っていました。しかし渋滞に懲りて以来、途中の拠点まで車で、あとは西鉄を使って行くようになりました。おかげで駐車場のストレスから解放され、自分の好きな時間に自由に行け、これが結構楽ちん。駅から博物館まで歩くことになりましたが、脚を使うことに苦はないし、天満宮の参道は四季折々で違う景色を見られて毎回発見があります。九博手前の急坂は長大なエスカレーターや動く歩道があるので無問題。かえって博物館に入るまでの演出みたいなもので、ワクワク感を高めます。


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 ※ 以下の展示会の画像は九州国立博物館から提供していただいたものです。


 この超有名な画家のことを詳しく知っているわけではありませんが、実際に絵を見て一言でいうと、緑と青の画家、陰影の画家という感じでした。


 この画家との最初の出会いは中学国語の教科書。光村図書の教科書クロニクルというページで調べると、「風景との出会い」という彼の書いた文章が載せられていた時期があったようです。丸山公園の云々という文章だったように思います。



 画家になった転機が、戦時中、熊本城天守閣から見た景色だったということは初めて知りました。


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 今回一番見たかった「行く秋」(会期前半のみ展示)が見えます。緑や青が多い中、色調が珍しい絵。
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 事前に写真で見たときはとても魅かれたのですが、実物は失礼ながらちょっと期待はずれに思ってしまいました。近づいてみると何かぼやけたようでいまいち、画面に金箔が散りばめてありました。ほかの絵より遠目で見て美しく見える絵なのでしょうか。


 「夕静寂」。画面いっぱいの青。右上にわずかにやっと空が見えるので、奥深い山だとわかります。真ん中に滝がありますが、それ以外は青の濃淡で木々や山の奥深さを描いています。
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 この描き分けは根気のいるものではないでしょうか。感心してしまいました。


 そんな中で圧巻だったのは、「唐招提寺唐招提寺御影堂障壁画 濤声(とうせい)」。
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 右から大波が来ます。それは途中岩にぶつかり、左で岸に打ち寄せます。


 同じような青に陰影をつけ、波が本当に打ち寄せている迫力が観る者を圧倒します。
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 同じく目が釘付けになったのが、「唐招提寺唐招提寺御影堂障壁画 山雲」。
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 木の輪郭と雲のぼかし方が本物そのもの。よくわかりませんが、高度な技術・画力が必要なことだけは確か。ホトトギスが一羽、生きていて動いているものはこれだけ。何かを投影しているんでしょうかね。

 これらの障壁画は一見の価値あり、感動ものです。




 個人的にものすごく引きつけられた絵は「年暮る」(どのような絵か観たい方は、画像検索してください)。

 雪の積もった家々の屋根。寒さの中で身を寄せ合っているかのよう。牡丹雪が画面いっぱいに降っています。ある家の窓からは灯りが漏れています。静まりかえった中にも、人々の息遣いが感じられるようです。

 この絵に前に来たとき、その場を立ち去りがたく感じました。


 今回の企画も非常に興味深いものでした。


永遠に生きたいという執念

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 招待券をいただいたので、九州国立博物館で開催されている「始皇帝と大兵馬俑(へいばよう)」展に行ってきました。歴史の教科書でも有名な秦の始皇帝。彼が作らせた兵馬俑の実物を一度見てみたいと思っていました。

 ※ 俑(よう)とは? 中国において、死者とともに埋葬した人形のこと。

 兵馬俑は様々な階級のものがあり、その顔も一体一体異なっています。以下の各兵馬俑は、現代の誰かに似ている気がしません?(画像は九州国立博物館より提供していただきました)


 御者俑。
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 軍吏俑。
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 歩兵俑。
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 将軍俑。
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 立射俑。
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 跪射俑。
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 騎兵俑。
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 これらはもともとは彩色されていたものでした。

 こんな感じで一堂に見渡せる展示でした。
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 個人的に一番気品のある顔をしていたと思うのは、やはり将軍俑。何千とある兵馬俑の中でも10体ほどしか見つかっていないというものです。身分が高いゆえに丁寧に作られているのでしょうか。
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 これらの展示物を見ると、人間にもともとある基本的な願い、永遠に生きたいという願いを感じずにはいられませんでした。せめて肉体が死ぬのなら、形を変えてでも生きて、生前の生活そのものを来世に持って行こうという、すさまじい人間の執念。

 富や権力を持っていたために、莫大な費用と労力と時間をかけて、精巧に写し取ってあります。しかし、永遠の命を望んだ本人は死んでしまい、その作ったものだけが現代まで残っているのは皮肉のように思えます。とはいえ、我々が今日それらを見ることができるのは、歴史的に意義のあることでしょうが。



その他興味深かったもの。

 全国統一に必要だったことの一つ、度量衡の統一。これは重さを統一した「両詔権」。表面に「始皇帝」の文字が刻まれています。ほかに体積を統一した「両詔量」も展示されていました。
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 秦のインフラ整備のすごさをあらわすものと思ったのがこれ、取水口とL字形水道管など。
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 このほかに、土の圧力を逃がすための五角形水道管も使われていました。また、当時は瓦がぜいたく品だったようで、宮殿にはふんだんに使用されていました。




 秦の始皇帝が中国をなぜ統一できたか、についてのNHKの番組を事前に見ていたので、さらに興味深く展示物を見ることができました。




 博物館の1階では、こんなトリックアートもありました。
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「黄金のアフガニスタン 守り抜かれたシルクロードの秘宝」展

 「没後40年 高島野十郎展」を見た後は、大宰府の九州国立博物館に向かいました。「黄金のアフガニスタン 守り抜かれたシルクロードの秘宝」展を見るためです。

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 なぜこの展覧会が開かれるのか。その経緯を興味深く思いました。

“ A nation stays alive when its culture stays alive.”
「自らの文化が生き続ける限り、その国は生きながらえる」

これはアフガニスタン国立博物館の入口に掲げられている言葉です。アフガニスタンにとって、いや世界中の人々にとって自らの文化を守ることがどれほど大事なことかは言うまでもありません。しかし、現実には世界の各地でさまざまな理由によって文化遺産が失われていることも事実です。本展覧会でご紹介するのは、まさに命懸けで守りぬかれたアフガニスタンの古代文化の粋です。内戦やテロといった苦難をくぐり抜け、今なおさんぜん燦然と輝き続けるアフガニスタンの至宝の数々は、私たちの心に自国の文化を尊ぶことの重要性を強く訴えかけてきます。

アフガニスタンは、インドの北西に位置し、パキスタン、イラン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、中国に囲まれた内陸の国です。古来、シルクロードの通るこの地域は、東西南北の文化が行き交う「文明の十字路」と呼ばれてきました。本展覧会では、前2100年頃から2世紀頃にかけて古代のアフガニスタンで栄えた文化を、4つの遺跡から出土した名宝によってご紹介します。
これらは首都カブールにあるアフガニスタン国立博物館に所蔵されていました。しかし、 1979年のソ連侵攻とそれに続く内戦などにより、博物館は甚大な被害を受け、収蔵品の多くは永遠に失われてしまったと考えられてきました。しかし、国の宝を守ろうとした勇気ある博物館員は、とりわけ貴重な文化財を秘密裏に運び出していました。
2004年4月、秘宝を大切に保管していた金庫の扉が再び開かれました。本展覧会はこれらの秘宝の再発見を契機に、アフガニスタンの文化遺産の復興を支援するために企画された国際巡回展です。2006年以来、世界10カ国で開催、すでに170万人以上が来場しています。
奇跡的に守られた古代アフガニスタンの至宝231件に加え、日本での展覧会では内戦のさなかにアフガニスタンから不法に持ち出され、日本で「文化財難民」として保護されてきた流出文化財15件をあわせて紹介します。
数々のドラマをくぐり抜けて今日に伝わるシルクロードの秘宝は、新たなアフガニスタンのイメージをあなたの胸に強烈に焼き付けることでしょう。
(展覧会ホームページより引用。強調は筆者)



 個人的に印象に残った展示物(画像は九州国立博物館のご厚意により提供していただきました)を紹介します。

ギリシア語刻銘付石碑台座(前3世紀初め、石灰岩)
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 この台座の側面右上にギリシャ語で「デルフォイの神託」の一部が含まれているそうです。「デルフィの神託」と高校では習った記憶があります。その日本語訳は、

「幼き者は行儀よき者となり
青年とならば自制知る者となり
壮年とならば正義知る者となり
老年とならば思慮分別知る者となれ
さらば汝、悔なき死をえん」
(前田耕作『バクトリア王国の興亡』より)

なるほどと思う言葉。でもその結果が「悔いなき死」とは。


仮面付樋口(前2世紀、石灰岩)
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 なんともユーモラスな表情の樋口(といぐち)。この口から水が流れ出ていたようです。



 今回の展示で私が特に興味深く思ったのは、ティリア・テペという場所で発見された、遊牧民の王族たちの墓。その六つの墓に埋葬されていたのは5人の女性と1人の男性で、豪華絢爛な金の装飾に目を奪われました。非常に細かい装飾が多く、当時の王族がどのような衣装だったのか想像して楽しみました。

 これは4号墓。六つの墓の中でただ一人の男性が埋葬されていた墓の出土状況。
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 ムフロン羊の背景画がうっすらと見えるでしょうか。その実物が出てきたのがこの4号墓。
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上の画像の中央部を拡大すると・・・牡羊像(1世紀第2四半期 金)
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 かなり小さいものでしたが、個人的にはこれが造形的に最も美しかったと思います。売店にレプリカがあったら、購入していたかもしれません。

 そしてこの男性が身に着けていたメダイヨン付腰帯(残念ながら画像なし)も見事でした。金製メダイヨンを結んでいる帯部分は布製ではなく金製、そうすべて金でできていました(布だったら今まで残っていませんね)。この時代に緻密な細工があったのが驚きでした。



 2号墓の女性。死してきらびやかな金細工品を残していました。これがまた細かくて美しい。
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 3号墓の女性。これらの墓の出土品にはギリシャやローマの影響を見てとれます。しかも同時に中国の影響も。日本史でもおなじみの鏡が伝わっていました。なるほど、ローマと漢を結ぶシルクロード上ですから。
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 5号墓からの出土したハート形耳飾(1世紀第2四半期 金 トルコ石)
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 金とトルコ石の組み合わせが多く見られました。しかも現代に通じる「ハート」形の装飾品が多く、一例としてその画像を載せました。この1世紀の人々も私たちと同じように「ハート」形を好んでいたのでしょうか。ハート型の起源は何なのか、文字通り心臓なのか、それとも何か意味合いがあったのかどうかなど興味をそそられました。

 6号墓から出土した王妃のしるし、(1世紀第2四半期 金、トルコ石) 
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 今回の展示、午後から見に行きましたが、駐車場は混んでいませんでした。また平日でもあったためか人も多くありませんでした。もしかしたら前回、前々回の展示と比べると、超有名どころのものがなく、幾分マイナーな感じを受けるのかもしれません。それでも、守り抜かれた黄金の秘宝という話題性、謎解き的要素もあり、個人的にはとても楽しむことができました。おススメです。


追記
 新春特別公開ということで、徳川美術館所蔵の国宝「初音の調度」も公開されていました。これはこれは見事としかいいようがありませんでした。しばらくこの展示の前で見入っていましたし、一旦その場を離れても何度か見直しに行ってしまいました。非常に強い引きつける力を持ったものです。終始見ていても飽きないことから「日暮らしの調度」と呼ばれているようですが、私自身身を持って体験したわけです。
 個人的にはどちらかというと「見台」に目が釘付け。さすが大名婚礼調度だけあって、華美・繊細・精巧、隅々まで気を配られており、一切の手抜きがないように思いました。金属部分にはどれも徳川の葵紋が入っています。
 なお、画像はありません。しかし、(いつまでHP上に公開されているか分かりませんが)こちらから見ることができます。http://www.kyuhaku.jp/exhibition/exhibition_pre130.html

 いずれにせよ現物はその画像よりも雄弁に語りかけてくれます。

没後40年 高島野十郎展

 福岡県立美術館で開催されている「没後40年 高島野十郎展」に行ってきました。
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 この画家を知ったきっかけは「なんでも鑑定団」。まさにそこで紹介された、この蝋燭の絵に心を揺さぶられたのです。

 今回の展覧会は圧巻でした。彼の作品を150点も一同に見ることができるのですから。画集でしか見たことのない彼の絵を一挙に見る機会はなかなかありません。奇しくも野十郎と同郷の親戚にそのことを話したら興味を持ってくれ、総勢5人で鑑賞してきました。写実的な絵の数々、静物は本物と見間違うほど。自画像からは気迫が伝わってきます。

 個人的に魅かれた作品「菜の花」、「れんげ草」。(画像はいずれも公式FBより引用)
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 当然ながら実際の作品を見るのに勝るものはありません。

 私が最も関心のあったろうそくの絵と月の絵はそれぞれ別室に「第5章 光と闇」と題して集めてありました。そこまで行きつくのに、一点一点を注意深く鑑賞していたので、長い時間がかかりました。その部屋だけは全体があえて暗くしてあります。ろうそくの絵は合計19枚。それらが部屋の各々の壁に整然と掛けてあります。部屋の中央にいると蝋燭の絵にぐるりと取り囲まれます。そこは何とも不思議な異空間になっていました。これらの絵は出品するための絵ではなく、お世話になった人々にお礼として渡されたものだということでした。なぜ蝋燭の絵か、だれもその理由を聞いた人はおらず、それ故にいろいろな解釈を許すのかもしれません。
 その隣の部屋には、太陽や月の絵が集めてありました。月の絵に至っては、キャンバスの中央上付近に、本当に月だけがこうこうと輝いているだけです。でもこれらは月ではなく闇を描いているのだとか。本物の月を見ているようで心が落ち着く絵です。好きだなあ。

 見に行ってよかったと素直に思いました。

公式ホームページ http://www.tnc.co.jp/takashimayajuro40/