熊本地震 震源地に近づくにつれて


 連休初日、熊本地震の震源地の隣町に住んでいる友人宅に、静岡県から救援に来た旧友と共にお見舞いに行ってきました。友人宅は貸家ですが、二階の屋根瓦を全部取り換える工事の真っ最中でした。家の壁やポーチにもひび割れ多数。揺れのため庭に面した大きな重いサッシが枠から外れ、庭に向かって倒れたそうです。自宅の被害が大きいにもかかわらず、それでも家が全壊した知り合いの一家族を二階に住まわせています。

 そしてその友人に連れられて震災のひどい現場に入り、甚大な被害に遭われたお宅の後片付けボランティアをしてきました。

 同じ熊本の地で被災した立場。しかし、そこに広がっていたのは、震源に近いゆえに、私の家の被害や周辺の被害とは比べものにならないほどの甚大な被害でした。過去記事で自宅の被害の画像をいくらか載せましたが、そんなの大したことがない。その被害を目の当たりにして唖然とするとともに、大きな悲しみに打たれました。熊本市から震源地に近づくにつれ別世界が広がると多くの人が口を揃えて語りますが、ここもまさにそうでした。


完全に倒壊した家屋。以前はお店だったようです。
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災害復興ボランティアの人たちが入って働いていました。挨拶をして通過。
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家屋には、赤、黄、緑の紙が貼られています。色の意味はご想像の通り。この赤い紙には「建物全体が倒壊しています」との注記が。
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家を見せていただきました。玄関だったところから家の中を見ると、青空が見えました。(許可を得て掲載)
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地震の直後はもっとひどい状態だったことでしょう。

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 支援に入ったお宅は全壊でした。私たちは主にゴミの分別と運び出しのボランティアをしましたが、残されている途方もない復興作業のことを思うと、私たちのしたことは本当にちっぽけなことに思えました。果たして役に立っているのだろうかと。でもこの作業が数多くなされなければ、復興は前に進みません。

 震源に近い被災地の実情は、同じ県にいてもよく分からない厳しいものがありました。




第21回 火の国長洲金魚まつり 2016


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 いきなりの金魚です。ちょっとびっくりするかも。


 熊本地震の影響で自粛・中止になると思っていましたが、開催されました。第21回火の国長洲金魚まつり

 えらい。拍手もの。

 災害があると近隣のイベントまで中止になることがよくあります。こんな時期に不謹慎だなんて言う人もいますが、私自身被災した者として、なんでもかんでも自粛自粛は望みません。むしろ明るくなっていいのではないかと思います。私にとって地震を忘れる良い息抜きになりました。


 最終日の正午頃から出かけました。それでも多くの車、多くの人。ここに来る途中の国道501号線は河内町から渋滞でノロノロ運転でした。

 到着が遅かったので、やはり予期していた通り造船工場見学バスツアーのチケットは受け取れませんでした。何年も前に一度見学したことがあるのですが、もう一度見学したい。午前中のうちに会場に来ないとチケット取れませんね。




 開場入ってすぐ右の金魚即売会場

 東錦を真剣に選ぶ男性。
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 この時間なので、気になる金魚は少なかったです。地金や浜錦も手頃な価格でした。



 第21回九州金魚すくい選手権大会(団体戦)が行われていました。
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 放送を聞いていると、優勝は確か42,3匹でした。



 どちらかというと金魚の館の中の金魚に目が留まりました。

 女の子の指に反応するジャンボオランダ獅子頭。
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 水泡眼が整列。
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 隣接会場で行われていたチェーンソーアート。すでに製作は終わっていましたが、私がひかれたのはこの彩色済み作品。
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 なんさまきてみなっせ市(フリーマーケット)も開催されていました。中には業者さんもいるんでしょうが、普通の人が家族で出店している感がいいですね。応対するのが子どもだったりします。いい勉強になるでしょう。終了時間が近かったので、通常でも安いものがさらに安くなっていました。

 いくつか購入しましたよ。エコバッグみたいなもの100円。買った後気づいたのですが、何とローラアシュレイのトートバッグでした(大喜)。被災した窯元放出の花瓶300円、新品バランスボード400円。すべて誰が買ったものか分かりますよね。見て回るだけで楽しい。



 インラインスケートのイベントも。
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 技を見せてくれたのは、5歳児、女子高生、有名歌手のバックで滑ってDVDに出ているスケーターなど。私の場合、しゃべりで滑るのはしょっちゅうですが、これは難しすぎる。



 入り口付近のテントで、行列ができるほど人気だったフェイスペインティング。金魚のペイント100円。
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 この子は腕に書いてもらっていましたが、会場には頬っぺに書いてもらった子どもたちをたくさん見かけました。


 余震を忘れて、しばしの気晴らしをすることができました。

がんばるばい!熊本

 熊本地震からちょうど1か月が経ちました。余震の回数はずいぶん減ったとはいえ、まだ時々やってきて、震度3とか4もあります。


 くまモン駅(KUMAMON STATION)に行ってきました。目的は預けていた靴を受けとりにいくこと。磨いてもらうために震災前に預けていたのです。
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 熊本駅はいまだ営業の目途が立っていないお店もある中、
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 靴磨きのおじさんはいらっしゃいました。ご自宅もヒビが入って大変だったようですが、ついに仕事を再開しておられました。震災をはさんで約1カ月ぶりに、ピカピカの靴が手元に戻ってきました。

 地震という人知を超えた災害、熊本の多くの人が一様に経験した地震、だれを責めるわけでもなく、たんたんと受け入れる熊本人。



がんばろう 熊本
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 我が家の近所で最も被害が深刻だった場所。液状化が市道沿い、正確には用水路沿いに起きています。聞いた話ですが、このあたりはかつて江戸時代に川があった(旧河道)と言われています。

 このあたりの震災直後の様子は全国ニュースで流されたようです。

熊本地震 内陸エリアで液状化が起きた理由を取材しました。
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00323119.html




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 時々利用していた文房具屋さんも家が傾いています。
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 大量の砂が地表に出てきて(噴砂)、市道よりも数十センチも沈下しています。
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 ニュースにも出ていた、うちが今もよく利用する豆ふ屋さん。震災後お店自体が地盤沈下で一段低くなり、その被害のひどさに絶句してしまったお店です。
 大きな地盤沈下にもめげず、営業を再開しておられました。もうお店を畳むのではないかと正直思っていましたが、ここの美味しいがんもどき(ひろす)や豆ふを再び食べることができます。本日はがんもを6個購入。
 給食にも納入している店なので、業者が優先して修理をしてくれたと聞きました。
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 同じ通りの私も時々行く洋食屋さん(くまさんの台所)も地盤沈下しているのに、早くから営業を始めておられました。店主はまったく地震の被害を話題にすることなく、いつもようによくしゃべり、明るくしておられます。


がんばるばい!熊本
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がまだすばい!!熊本 ←これは???
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 くまモン駅だけで3種類の標語がありました。



≪個人的つぶやき≫

「がまだす」とは? 熊本弁で、「仕事や作業を汗水たらして一生懸命すること、働くこと」。
比ゆ的な用法がないわけではありませんが、ふつう「仕事や作業」という状況はどうしても付いて回ることばです。

震災後最初に、「がまだせ熊本」という言葉を見かけましたが、祖父母や父母・親戚などネイティヴ熊本弁スピーカーに囲まれて育った私は、とてもとても違和感を感じました。この標語を作った人は熊本弁をあまりご存じない若い世代じゃないかって。がまだす=がんばる、と勘違いしていないか、って。

地震のあと、一生懸命仕事に精を出すんでしょうか。
ましてや人から「がまだせ」と命令形で言われると・・・「サボらず勉強しろ」と言われるのと似た感じで・・・なんともいい気がしません。子どもには勉強しろと言うことはあるとしても、大人に「がまだせ」と命令するのは失礼な気がします。自分で自分自身を叱咤激励するつもりで言っているのでしょうか? でも違うな、熊本にがまだせ、と言っているんですから。

繰り返しますが、がんばる=がまだす、ではありません。

あえて言うなら、「がんばれ熊本」、「がんばろう熊本」、あるいは熊本弁っぽく「がんばるばい熊本」がふさわしいように思います。少なくとも「がまだす」はこいう場合使いません。

※「がまだせ熊本」という言葉を、高校生が使っているのをTVで何度か見ました。がんばる=がまだす、という意味で。もう完全に誤解しています。言葉は時代とともに変化していくと言いますが、このまま誤用が若い人の間で定着し、正しいものとして受け継がれていくんでしょうね。


「がまだせ!熊本」についての追加情報はこちら



まあ、震災後にゴタゴタ言うほどのことではないか。

幻のウォーキング大会

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 第22回 九州国際スリーデーマーチ2016 5月13,14,15日に開催


・・・・・・される予定でした。


 でも、熊本地震で中止。幻の大会となりました。


 事前に払い込んだ参加料1,800円は、規定により返金されず、代わりに参加記念品等が送られてきました。その時の封筒には「がんばろう くまもと!!」の文字。・・・・高額でもないし仕方ないかと諦めました。マラソンだったらもっと高いので、きっとクレームが来るでしょう。


 今までは独りで参加していましたが、今回は手話会の仲間と二人で参加する予定でした。その仲間も、震災で住んでいたアパートが半壊し、引っ越しを余儀なくされています。


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 送られてきたものはこれ。「コース図」、「大会記念バッジ」、「大会記念品(畳コースター、日奈久竹箸)」、「協賛社提供品」。それと最初の画像の「大会誌」。


 二人一緒に参加する予定だったのは、金曜または土曜の40キロコースのどちらか。でも、私はといえば、両日各40キロ合計80キロを歩く気満々でした。ちなみに、三日間のうち何日参加しても参加料は同じです。

 コース図を見ると、土曜日は「日奈久温泉街と新緑球磨川コース」。日奈久温泉といえば、熊本地震の際に盛んに報道されていた「日奈久断層」と同じ名前なので、温泉地は風評被害で閑古鳥が鳴いている状況です。気の毒です。

 これと同様のコースは過去2度歩いています。最初に、球磨川沿いを意気揚々と歩き、午後暑い時間に、面白みのない単調な水田の多い平地をヘロヘロになりながら歩きました。五月とはいえ、太陽の焼けるような熱を辛く思いました。しかし今回は、最初元気なうちに平地を歩き、午後の強烈な日射しの中で、球磨川沿いを歩く予定だったようです。川沿いならば、だいぶ暑さが和らいだだろうと想像します。これは良コースに変更されていると思いました。それに私が大好きな○○ウォッチングも楽しめたでしょうし。う~ん残念。


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 大会記念バッジは、震災中止大会ということでレアになるでしょうか。


 来年楽しみにしたいと思います。

震災後の牧柵補修ボランティア

 牧柵補修ボランティアに行ってきました。実は4月15日に行われる予定でしたが延期。なぜなら前日の14日に熊本地震が起きたからです。それが5月21日土曜日に行われました。


 熊本地震によって各所で交通ルートが寸断されています。現地到着まで余分に時間がかかることを考え、朝6時に出発。途中、朝定食380円をかき込み、集合場所の滝室坂を上りきった所に到着したのは8時20分。集合時間の40分前でした。ギリギリが多い私にしては珍しく優秀。
 それでも途中の山道で渋滞に巻き込まれたのですが、外輪山で朝のコペンドライブも楽しめて、かなり満足。もっと遅く出発した方々の中には、さらに長い渋滞に巻き込まれた方が何人もいらっしゃり、結果として作業開始が全体的に遅れました。



 町古閑牧野からの眺め。(クリックで少し拡大します)。風が強く、上に長袖の作業着を着ていないと寒く感じます。
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 でも気持ちいい!



 今回10名参加でした。私が入った班は4名。


 指示に従って各方面に散り、牧柵の壊れた有刺鉄線を張り替え、必要とあらばぐらぐらする支柱を打ち込みます。ただわが班には打ち込む専用の道具がいつまでたっても届かないのです。仕方なく路上に落ちていた“打ち込み機”を使って原始的に打ち込んでいきます。


 財団職員S氏。この日の最年少。ちなみに私が下から二番目でした。
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 同じくボランティア代表F氏も渾身の力を込めて叩く。
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 牛の水飲み場。
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 阿蘇上空は飛行機の通過が多いのか、しょっちゅう飛行機雲の生成場面に出くわします。
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 野焼きの終わった放牧地は、草原に変わっていました。
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 ボランティアに来ていますが、被災した心を癒されに来ている感じ。ありがとう阿蘇。
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 今日役立った支柱打ち込み機。ちなみに私がなんとか探してきて、午前中ずっと携帯し続けました。案外そこらへんのどこにでも転がっているわけではないのですよ。石と思って拾おうとすると、牛糞の塊だったり(笑)。
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 朝が早すぎて、10時半にはお腹が鳴り始めました。F氏からいただいたするめをかじって飢えをしのぎました。

 弁当は町古閑牧野から提供されました。9区画に分かれた豪華なお弁当も当然美味しかったのですが、空腹だったのでなおさら。
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 午後の作業は3時まで続きました。GPSウォッチによると、アップダウンのある牧野を全部で4.5キロ歩いていました。



 帰りに、採れたてアスパラガスの束をお土産としていただきました。そういえば、ウドを採ってきたボランティアさんもいらっしゃいましたね。



【追記で 阿蘇道路情報】 

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