輪地焼きボランティア 町古閑牧野(春の牧)

 11月3日(祝)、輪地(防火帯)焼き支援ボランティアに参加してきました。

 6時30分出発。途中朝食をとり、阿蘇に入る迂回路ミルクロードを通って、特にひどい渋滞もなく現場に到着しました。自宅から62キロ。

 場所は、町古閑牧野の春の牧3年前にも同じところの輪地焼きをしていました(輪地焼きについての解説あり)


 今日は7人+7人+6人の3班20名のボランティア。祝日でしたが、初めてお会いする方は少なく、今回もたぶん私が最年少ではないかと思いました。当然重量物であるジェットシューター担当になりました。今日は水がたくさん入っており、かなり重かったです。翌日の今日も肩が痛い。



 草が刈られたままだったので、先頭のボランティアさんたちがまず草寄せをし、地元の方が寄せた草に火をつけ、私たちが延焼しないように火を消しながら進んでいく方法でした。
 それで各自火消し棒や草寄せの道具を持ち運びます。皆少なくとも“二刀流”です。私はシューターと火消し棒。


 燻されて煙い煙い。マスクが変色するほど。しかも、場所によっては強い風が吹いて、火の具合に常時注意しなければならない神経を使う作業でした。


 10時半の休憩の時の写真。水という重量物を背負い、誰かが作業中で置いたままの草寄せの道具や火消し棒まで持って移動するので、かなりハードでした。気が利きすぎてしまいました。
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 眺めは最高なんですが、時間の経つのが久しぶりに遅く感じました。まだ10時半です。空腹感も強くなり・・・。


 ちに待った昼食の時間になりました。。絶景を眺めながら、持参した弁当を食べます。いいよね。
 しかし、日差しはあるんですが、風がかなり冷たい。
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 眼下に見える帯状の白っぽい粒粒が、ボランティアさんの車です。かなり高い所まで来ましたね。

 久しぶりに自分の“雄姿”を撮影してもらいました。根子岳をバックに。
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 ミヤマキリシマがこの時期咲いていました。花期がずれていますよね。
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 食事をし、風を避けて斜面に体を預けて、うとうとしてしまいました。

 興奮したのか、今朝は予定起床時刻より1時間半も早く目が覚めてしまったので無理もない。



 後の作業開始。
 しかし間もなく、反対側から焼いてきた別の班と出会いました。今日の作業はあっけなく終了。写真撮影も解禁。
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 あちらの班も延々と急斜面を焼いてきたんですね。
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 私たちの班のメンバー。今日は草寄せが大変だったと思います。
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 でも、今日はこれで終わりで良かったと思います。実はいつもより重いシューターを背負い、斜面を上下に移動するので、地下足袋の中で親指が圧迫を受けて、痛みを感じ始めていました。もしかすると爪の下で内出血し始めているかもしれません。分厚い靴下を履いてくるべきでした。

 二つの班が合流して、下山します。転げ落ちそうな急斜面です。スパイク付き地下足袋のありがたさ。でも右の親指が痛い。
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 まだ1時過ぎたばかり。最初の集合地に徒歩で戻ります。いい景色!
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 途中で市原組合長の軽トラにたまたま乗せてもらうことになりました。足の親指が痛かったので、ちょうど良かったです。

 本日は作業は効率よく進んで1時半には終了になりました。3年前に8人で焼いたときには、こうはいかなかったですね。

 ここが本日私たちが輪地焼きした場所です。この角度から見ると低そうに見えますが、実際はかなり急斜面です。
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 帰りにお土産をいただきました。無農薬栽培のキーウィフルーツ。たくさん入っていました。
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 帰りはもちろんコペンをオープンにします。思えばこの秋初めてオープンにしました。そして南阿蘇に立ち寄りたいところがあったので、南回りのグリーンロード(ケニーロード)を経由して帰宅しました。帰りの走行距離は70キロほど。グリーンロード経由は、ミルクロード経由よりかなり遠いですね。

 ちなみに右足の親指、爪の根元がほのかに紫色になっていました(悲)。実は来週末はフルマラソンです。帰ってから冷やしたので、たぶん大事には至らないでしょう。


 今日のボランティア記事はいつもより何かハードさを強調していますね。町古閑はボランティアさんには人気の牧野らしいので、あえてハードさを前面に出しました(笑)。
 

新天門橋、少し姿を現わす

 天草五橋のうち、一号橋が架け替え中です。新天門橋(仮称)と呼ぶらしいです。
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 アーチの部分だけですがもうすぐつながりそう。
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 遠くから見ると、アーチ部分が両端から伸びてきて、支えがないように見えるので不思議。

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 親戚が熊本に遊びにやってきたので、天草に連れて行きました。人数の都合でコペンも出動。往復オープン。今秋初めて本格的にオープンを楽しんだ日でした。25km/L。信号の多い市街地ばかりだと14,5km/Lなので、大きな違いです。


 ついに11月28日につながったそうです


 新天門橋工事詳細はこちら

ただいまプチ改装中 その2

 妻のキッチンのプチ改装か完成したようです。

 真ん中にもすのこが入り、棚を補強しました。
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 夫婦仲が良いのがわかるでしょう(笑)。
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 冷蔵庫の背をルーバーラティスで囲みました。白いペンキで塗っておしゃれに。
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 次なるプチ改装に妻が取り組み始めました。

福岡マラソン2016 完走記(前編)

 11月13日に行われた福岡マラソン2016に出場しました。

 私はメダルがないのかと思っていたので、それが見事に裏切られて非常にうれしかったです。色合いもデザインも重さも好きだなあ。
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 博多織がデザインに使われていますね。GOOD JOBと最初読み間違えてしまいました。GOOD JOG!です。
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 やはり完走メダルがないとしたら寂しいです。佐賀がそうでした。私にとってはとても重要。


【前日受付】

 ずいぶん前にナンバーカード引換証を送ってもらっていたのですが、それに大会のガイドが入っていたかどうかさえ覚えておらず、大会当日や前日にどう動けばいいのか詳細な情報がなくて、不安をもって受付に向かいました。
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 やはりガイドは送付されていなかったんですよ。受付会場でやっといただき、詳細が判明。そこで初めてタオルだけでなく完走メダルもあると知ったわけです。

 EXPO会場にはいろいろありました。派手な塗装の50系プリウスがあったり、きれいなお姉さんたちがノンアルコールビールを配っていたり、お決まりの目標タイムで写真を撮るのも数か所ありました。
 今回はマラソン前に風邪を引いてしまい、数日前は日中何もせず休んでいた日もありました。微熱くらいあったかも。おまけに足の爪の内出血もあって、ほんと走っていません。目標タイムで写真を撮るのもおこがましいと思い、足早に会場を後にしました。思えば、マラソンの時に体調万全で出場したことがないような気がします。

 ただ、何が給食で出るのかは確認。今回はそういうマラソンになるということです。
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【当日スタート前】

 今回のスタートは朝9時ではなく、8時20分。走る服装に着替えて、宿舎である妻の実家を6時に出発。電車一本でスタート地点に到着しました。改札口を出る前の構内の椅子で、すでにランナーたちが支度を整えています。男子トイレも大きいほうが渋滞しています。私もその椅子を使わせてもらって、最終準備。7時45分締め切りの荷物預かりへ直行しました。
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 今回私はFブロック。イムズの裏口あたりが整列位置です。ストレッチをして過ごします。半袖でそんなに寒くありませんでした。
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 車イス競技の方々が準備をしておられます。その後ろに見えるのはGブロック。
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 7時55分にスタートブロック閉鎖。Fブロック先頭にたぶん4時間半、後ろのGブロック先頭にに5時間のペースランナー(ペースセッター)がいらっしゃる模様。
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 空からヘリコプターの爆音が降ってきます。
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 同じころ、妻が撮った写真。※今回妻はフィニッシュ地点で落ち合うのみ。福岡の街を楽しむ模様。
 4時間のペースランナーの方々。
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 Dブロック後方にスタンバイですかね。
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 その後私たちは少しずつ移動し、西鉄天神バスセンター前の交差点の真ん中でスタートの時を待ちました。
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 あの交通量の激しい天神中心部の交差点の真ん中にいるのは、何か不思議な気分です。

 遠くで何かしゃっべている(セレモニーが進んでいる)ようですが、何を言っているのか全く聞こえません。今までこんなに聞こえない大会も初めて。


 さて、いよいよスタートの時が近づきました。


福岡マラソン2016 完走記(後編)へ続く

福岡マラソン2016 完走記(後編)

 さあ8時20分、いよいよスタートです。Fブロックにいた私がスタートラインをまたぐまで、4分30秒ほどかかりました。
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 ランナーの中に競歩の方を発見。私を追い越して行きました。この人を目印に付いて行こうと思いましたが、速い。少しずつ離されていきます。でもたぶんこのあとずっとずっと先で一度追い付いたと思います。
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 寅さん発見。
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 ゴミを拾いながら走る武者にも出会いました。以前どこかでお見かけしたことがあるようなないような。よく見ると「八代」
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 ゴミを拾って背中のリュックに入れると、あっという間に先に進んでいきます。速い。
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 リュックのメッセージには「ゴミ拾いしよるけんお先にどうぞ 目指せ日本一きれいなマラソン大会 がんばれ熊本」とありました。同県人でしたね。

 体調が良くない割には、走りの調子は良かったですね。今日もしかしたら自己最高狙えるかもと思いました。ただしそれは10キロ過ぎまでの話。
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 太陽が昇るにつれ、これは暑くなると予感。早い時間のうちにできるだけ先に進んでおきたいと思いました。
   ※この日の最高気温は平年より4度高い22.6度(10月半ばの陽気)だったようです。

 街を過ぎて海岸沿いを走ります。海上からの応援。
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 この後写真があまりありません・・・。この大会前に20キロまでしか走っていないのもあるのでしょう、体は正直で、だんだん動かなくなってきます。20キロ地点の九州大学伊都キャンパスへの緩い上り坂、走って登れませんでした。初めての歩き。坂を登った先に折り返し地点があるので、対向車線は下りてきたランナーで一杯。その途中4時間半のペースセッターとすれ違いました。

 私も折り返すと、坂道を登って来るランナーたちとすれ違います。まだまだ続々と対向車線を登ってきます。多いなあと感じました。後ろにいるはずの5時間のペースセッターを注意して見ていますが、なかなかすれ違いません。そうこうするうちに中間点通過。そこではまだサブ5したときの記録より1分遅いだけでした。
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 やがてすれ違ったペースセッター、よく目を凝らすと5時間ではなく5時間半。5時間はどこ? すると前方そんなに遠くないところに風船が見えます。気づかないうちに追い越されたようです。

 ハーフを過ぎたあたりからは忍耐の走りでした。とにかく前に進まない。普段足がけいれんする回数はそんなに多くないんですが、今回は早々と頻繁にやってきます。ふくらはぎではなく、膝より上。ケガをしたくないので、早歩きを多用するようにしました。

 25キロ地点の「豆乳うどん」。ツルッとした喉ごしでなかなかのお味でした。
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 ※ 通常より10分ほど長い約1時間ゆでた麺を短く切り、薄味のだしを加えたうどんは約1万1千食を用意。エネルギーを求めるランナーの人だかりができた。「改良を重ね、のどごしが良い麺を準備した。立ち止まって味わってくれる人もいてうれしい」。(西日本新聞より引用)

 掛け水をしてくれる子どもボランティア。暑くなってるからね。後半のどこかで19度という表示を見ました。
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 これ、これ、これ、最高でした。ぜんざい。ちょうど身体が要求しているもの。甘さが体にしみました。これはたぶん地区の住民の皆さんで提供してくださっている私設エイドです。このマラソンで一番力を得た給食でした。どの地区だったのでしょう。ありがとう、皆さん
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 この後ホントに写真がありません。走りより歩きが多いと思います。とにかく無理はしません。残り10キロとなった地点で、5時間30分は切れると予想。できるだけ急ぎます。




 今回私は熊本城マラソンでもらった白いTシャツを着て走りました。同じく熊本城マラソンの黒いTシャツを着て走っているランナーがいらっしゃいました。足が痛そうです。同じ辺りを追い越し追い越されしているんでしょう。二度目に見かけて、近くを通ったとき声をかけるチャンスが到来。するとその方も乗ってこられ、予想外に話が弾んで、そのまま同行することになりました。
  ※ 熊本地震の被災地からも約380人が抽選に当たり、今日もその多くの方々が出場したようです。
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 この方Kさんと言います。画像をよく見ると、黒いTシャツに白い塩が浮き出ていますね。彼とは一緒に話しながら早歩きし続けました。お互いの年齢やラン歴のことなど。見かけとは違い私がいくつか年上であること(失礼!)、Kさんの職場が我が家の近くであることまでわかりました。さらにマラソン後の計画まで同じでした。博多駅近くの天然温泉に入りに行くとのことです。こりゃその温泉、今日はランナーが多そうだ。

 話しながら歩いていると、独りで歩いているより気が紛れて、疲れを忘れてしまいます。残り2キロほどだったでしょうか、ついに5時間30分のペースセッターにも追い抜かれました。付いていけないわけではなかったでしょうが、今後に本命が控える現状では無理をしないで、そのまま早歩きを継続します。



 ※以下動画から切り出した画像です。


 周りはラストスパート。でもうちらは早歩き。
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 たぶん左の若者の声、私たちに向かって「頑張ってくださーい」との声援が音源に残っていました。おじさんたちに声援ありがとうございます。低い声で「ほぁーい」と答える私たち。
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 ついに歩いて同時フィニッシュ。
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 フィニッシュゲートのところでお互いの健闘を称え、がっちり握手をしたのでした

 公式タイム(グロスタイム)はご覧の通り。ネットタイムでは5時間半を切れました。すぐれない体調の中でも、練習も積めてない中でも、5時間台半ばでは完走できる力はあると変な自信がつきました。

 最後の数キロ、話しながら早歩きしたおかげで、自制を働かせ、まったく苦しい思いをしないで済みました。Kさん、ありがとうございました。熊本城マラソン、追加抽選当たるといいですね。




福岡マラソン2016 完走記(前編)はこちら


※追記でレース後の様子を記します。

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特別展「京都 高山寺と明恵上人 - 特別公開 鳥獣戯画 -」

 九州国立博物館で開かれている特別展「京都 高山寺と明恵上人 - 特別公開 鳥獣戯画 -」を見に行きました。見たかったのは国宝の「鳥獣戯画」、正式には「鳥獣人物戯画」というようです。

 いつものように妻の実家に車を停めさせてもらい、そこから電車で太宰府まで。今日の西鉄は平日のお昼なのにいつになく混んでいました。


 太宰府天満宮の参道で、手話で話す二人組を発見。しかしよく見ると日本手話ではありません。外国人のろう者のようです。早速話しかけました。すると日本手話で返事が返ってきました。
 なになに、韓国から来た総勢34人の、ろう者と聴者の混じった団体さんだそうです。周りにはほかにもろう者がいました。手話は世界共通ではありませんが、不思議なことに初対面なのに手話だと何とか通じることが多いです。音声言語ではなかなかこうはいかないでしょう。今回は相手が日本手話を少し覚えていたようで、難なく会話成立。



 九博の入り口まで来ると、私にとっては今まで見たことがない看板が。何と入場まで30分待ち
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 入り口を入ってすぐから並んでいました。これが休日なら空きスペースが埋まるほど並ぶんでしょうね。そして奥のエスカレータの上り口で、階上へ上がる人数を制限していました。
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 しかも、エスカレータを上がった後も、展示室前で並ばねばなりません。
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 今まで特別展は何度も見に来ていますが、ここまで並ぶことは私の知る限りありません。

 
 やっと展示室内に入れたと思ったら、鳥獣戯画を最前列で見るために、再び二列で並びました(笑)。そして少しずつ進んで、鳥獣戯画の直前で一列になります。ちょっと離れて見てもいい人はさっさと入れますが。 ※ 以下展示室内の画像は九博のご厚意により提供を受けました。
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 ついに国宝が目の前に。

 ウサギ、サル、カエルが擬人化されている甲巻。動物たちの動きや表情が生き生きとしていました。
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 ↓ 超有名な部分ですよね。
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 乙巻(だと思う)。
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 たぶん丁巻。
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 こう見て比べると、甲巻の絵がうまいと感じました。


 鳥獣戯画の前では、立ち止まらずゆっくり移動しながら見ることが求められました。しかも、並んでいた時間からするとあっという間に見終わってしまいました。その展示部屋を出たら、後戻りはできません。




 鳥獣戯画は圧倒的な重みがありますが、この展示会の圧倒的な量を占めているのは、中後半の「高山寺と明恵上人」の部分です。この特別展は中後半がメインなのです。鳥獣戯画で有名な高山寺を開いたのが明恵(みょうえ)で、この方のエピソードが非常に面白かったです。それを知るには、このユーモアたっぷりの冊子を読むと良いでしょう。 「レジェンド オブ 明恵」へのリンク

 展示物の中で唯一じっくり眺めたのがこれ。

「子犬」。動き出しそう。子犬の眼にも魅かれました。眼はどうやって作ってるのでしょう。
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 私が展示室から出たあとも、入り口には大勢の方々が並んでおられました。
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 一番下の階も。午後3時で30分待ちでした。
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 こんなに並んでも、国宝を見られるのは短時間です。そのあとの展示物に関心がなければ、なおさらあっという間に終わった感がするでしょう。“前菜”が“超大盛”です。


 鳥獣戯画のさらにもう一階上の常設展内のトピック展示はきらびやかなもの好き、歴史好きには目を引くものがありました。
 まずは「きらめきで飾る 螺鈿の美をあつめて」。螺鈿(らでん)の美しさに魅かれる人にはたまらないでしょう。斯く言う私がそう。かつて熊本の百貨店で見た螺鈿細工の精緻さが忘れられません。
 それともう一つ。「海の王都 原の辻遺跡と壱岐の至宝」もなかなか興味深い展示でした。「一支国」、最初何だこりゃと思いましたが、「いきこく」と読みます。そう壱岐(いき)です。魏志倭人伝にも記された国で、南北の交易で栄えたとあり、その証拠となる出土品がたくさん見つかっています。イエネコ🐈の起源が弥生時代までさかのぼれるというエピソードも興味深く思いました。
 自分としてはこちらの展示が見て美しく、歴史のロマンをかき立てられ、見ごたえがありました。

終末

その日はまだベッドの上でまどろんでいた。
遠くで雷鳴が聞こえる。
でも普通の雷鳴ではない。
ブルックナーの交響曲の重厚な響きのような雷鳴だ。
ドドーン、ドドーンと鳴り、楽器が奏でる音楽のように聞こえた。
それは次第に大きくなってきて、あたりを揺るがすような突風が吹き始めた。

慌てて飛び起きてカーテンを開けると、庭の大きな木が大きくしなっていた。
上空から地面に打ち付けるような強烈な下降気流が目に見える。
とっさに「ダウンバースト」という言葉が脳裏に浮かんだ。
上空には異様な黒雲。
地震被害が残る近所の屋根のブルーシートは完全にめくれあがってる。
これは竜巻が近づいているのかも
そうなら家の屋根が吹っ飛ぶかも、という思いがよぎり、即座に臨戦モード。
できる限りのシャッターを閉めに走った。

雷雨01a

大地震に襲われ、今度は竜巻?
なんでこんな災害が立て続けに起きるんだ。
物はあっけなく無に帰する。と思ったものだ。

雷雨02a

画像は外の様子を撮影した動画から切り出したもの。
激しい雷が動画に不思議な閃光を残していた。
電子機器に影響を与えたのだろうか。
雪に見えるかもしれないが雨。

幸い竜巻ではなかったらしい。
だいぶ落ち着いたころ、近所の人がやってきて、さっきのはすごかったねえ、怖かったねえと話していた。
そして“しゅうまつ”だねとポツリ。

しゅうまつ?

週末?確かに土曜日。
いや違う、“終末”という意味だろう。

興味深い言葉を久しぶりに聞いた。
地震にしろ今回のにしろ、一般の人たちは自分の力ではどうしようもない異変を感じている。
ほんと恐ろしかった。



19日午前、熊本市南区で住宅の窓ガラスが割れるなどの被害があり、気象台は突風による被害と見て詳しく調べています。19日朝の県内は低気圧と寒冷前線の影響で激しい雨が降ったところがありました。また気象台では大気の状態が非常に不安定になり落雷や激しい突風のおそれがあるとして、午前5時54分に1回目の竜巻注意情報を出して注意を呼びかけていました。そのような中、午前7時ごろ熊本市南区近見で「家の屋根の瓦が飛ばされている」と、この家に住む人から警察や熊本市などに連絡がありました。現場は住宅街で突風とみられる風で瓦が飛び窓ガラスが割れるなどの被害が確認されました。熊本市南区近見の日吉東小学校では木の枝が折れ、窓ガラスが割れるなどの被害も確認されています。熊本市では午前7時13分に最大瞬間風速10・7メートルを観測していて、気象台は突風による被害と見て職員4人を現場に派遣し詳しく調べています。また午前7時ごろ熊本市西区の小島橋でも、走行中の8トントラックが突風にあおられ欄干に倒れかかりましたが、けが人はいませんでした。

TKUテレビ熊本のニュースより