太宰府は梅の咲き始め - 「 宗像・沖ノ島と大和朝廷」展

 大宰府は梅が咲き始めていました。
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 「宗像(むなかた)・沖ノ島と大和朝廷」展を九州国立博物館に見に行きました。
 
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 平日の火曜日に行きましたが、今回は以前のように列に並ぶこともなくスムーズに観覧できました。

 ※以下の画像は九州国立博物館から提供していただきました。

第1章 歴史をつなぐ海
沖ノ島祭祀の舞台であり、東アジア交流の窓口となった筑紫(つくし)の海。沖ノ島祭祀を担った宗像君(むなかたのきみ)をはじめとした筑紫の人々は、九州沿岸を基点に大和・筑紫・韓国(からくに)で躍動しました。その躍動の歴史は、『古事記』・『日本書紀』に記録されるだけでなく、発掘調査によっても明らかとなりつつあります。本章では、往時の海上航路をたどりながら、宗像君・筑紫君(つくしのきみ)等をはじめとした豪族の姿を紹介します。



 個人的に改めて興味深く思ったのは、熊本県の宇土半島でしか産出されない馬門石(まかどいし、別名「阿蘇ピンク石」)で、巨大で重い石棺を作り、大和まで長い距離を運んでいたことでした。九州西岸から出土する土器に共通のS字模様が見られるのは、熊本にも「肥の君」という権力者がいて、筑紫や宗像の君とつながりがあったらしく、そんな移動も可能だったよう。

 豪族が所有していた船を模した埴輪。波を切り裂く大きな板が目立ちますね。座っている人は当時の身分の高い人物。座っている=身分が高い、をあらわしているようです。
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 南西諸島で採取されたイモガイの文様と光沢が、馬具や腕輪などの素材として、古代の人々を魅了したようです。 実際に触ることのできたイモガイは大きさに比べずしりと重かったです。
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 私の地元熊本・氷川町の古墳からの出土品が多数展示してあって、ちょっと嬉しい気分。



第2章 神話の風景
沖ノ島祭祀が成立した古墳時代。人々は、清らかな水辺や村の中で「八百万乃神やおよろずのかみ」に祈りを捧げていました。また、古墳に死者を埋葬する際には、墓室に宝物や食料を納め、墳丘に常世の姿を模した埴輪をならべていました。これらの神まつりや古墳祭祀の風景は、日本最古の歴史書である『古事記』・『日本書紀』の記述に散りばめられるだけでなく、発掘調査で発見される祭祀の痕跡や古墳からも垣間見えます。『古事記』・『日本書紀』に記された世界と日本各地の出土品を照らし合わせたとき、日本古来の神まつりの姿が浮かび上がります。



 日本の神話と出土品から学びます。ここに展示されていた「ミニチュア土製品」の中のものに目が釘付け。四つ足のずんぐりコロッとしたものは、私が大好きなカメではなかろうか、と。(八女市の南中学校庭遺跡というところからの出土だそうです)
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 日本書紀に記されている埴輪を作り始めた理由が興味深かったです。天皇の死後、従者の殉死をやめるため。
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 のちほど売店で立ち読みした本では、その意見に否定的でした。諸説入り乱れているとか。

 笑ってますよ。
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第3章 神宿る島の源
大和から遠く離れた絶海の孤島・沖ノ島で行われた神まつり。沖ノ島祭祀遺跡で発見された約8万点の国宝には、三角縁神獣鏡・金製指輪・金銅製龍頭をはじめとした希少な宝物が数多く含まれています。 これほどの宝物を奉納した祭祀遺跡は、他に例がなく、大和朝廷が行った国家祭祀の中でも、沖ノ島祭祀がとくに重要な役割を担っていたことを物語っています。本章では、沖ノ島、大和、韓国の祭祀遺跡や古墳の出土品を比較しながら、神宿る島の源に迫ります。


 大和と沖ノ島、韓国(からくに)で出土したものの比較を興味深く思いました。

 ここから国宝がズラリ(沖ノ島出土のものの国宝数の多さにびっくり)。有名な三角縁神獣鏡。でもこれは重要文化財の大和のほうかな?
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 これはよくわかる資料。金製指輪の比較。沖ノ島、大和、韓国(からくに)で模様が似てます。
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 これは沖ノ島で見つかった金製指輪(国宝)の大きい画像。
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 金製指輪の展示はものすごく厳重でした(笑)。盗難防止でしょうね。

 機織のミニチュアまで見つかっています。よくできていました。
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 自分の住んでいる九州地方の古代史、興味深かったです。



 見終わってなぜか売店で買ってしまったものはこの粘土。1個320円。
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 (そんな時間ないのに)粘土細工をしてみたくなりました(笑)。自分が使わないなら、知り合いの美術の先生へのプレゼントにしようかと。

オリジナルTシャツ

 熊本城マラソン2017まで12日(2/6現在)。調べてみると練習量はここ4年間で最も少ないものでした。お世話になっている整骨院の院長も、今年は通院してくるランナーの意欲が一様に高まっていません、とおっしゃってました。やはり地震のせいでしょうか。

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 昨年の北九州で初めてサブ5(5時間切り)を達成したとき(楽に達成できると思っていたんですが)相当苦しい思いをしました。年齢的にもすでに体力の伸びの限界を感じ始めているので、今年は趣向を変え、自分でデザインしたTシャツを着て、楽しんで走るつもりです。もちろん自己記録を狙える状況ならやってみますけど。

 メッセージは自虐的でありかつ後ろのランナーを挑発する内容。そうでありながら後ろのランナーと自分自身を応援するものに仕立てあげたつもりです。配色などのアドバイスをしてくださった“岐阜の実家”の“デザイナー”の皆さん、ありがとうございました。画像は個人情報(笑)が多く含まれるのであえてボカしてます。ひとつには「太り気味」という言葉が入っています。

 Tシャツのアイディアは過去記事の中のこちらから得ました。

 今年は昨年と比べて体重はほとんど変わりませんが、お腹周りがやや細くなった感じ。怪我も病気もせず、当日を無事に迎えたいものです。

 一応、私のナンバーカード(ゼッケン)には、このブログの主名「おるがつ」と表記されています。



2017野焼き支援ボランティア(1)-草千里ヶ浜 復興への狼煙(前編)

 2月8日(水曜)、2017年初めての野焼き支援ボランティアに参加してきました。今回は阿蘇・草千里。この日の野焼きは、全国ニュースでも放送されていましたね。通常の野焼きとは違う特別な位置づけの野焼き。

 ミルクロードの渋滞を考慮し、余裕をもって6時30分に自宅を出発。阿蘇駅からの登山道しか開通していないので、熊本市内からは遠回りになります。登山道も片側通行の部分があり、地震の被害はまだ深刻です。

 3キロ先の火口は、先日噴火警戒レベルが最低の1に引き下げられたばかり。
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 延期に次ぐ延期で、平日に開催されました。平日男のわたしは早速申し込みました。平日ゆえにボランティアの人数は少ないだろうと思っていたら、予想が外れました。55人参加です。

 変な雲。境目が線状。この後だんだん雲が多くなってきました。
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 飼い犬を連れたボランティアさんもいらっしゃいました(笑)。
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 野焼きのため10時より草千里内は立ち入り禁止⛔です。
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 野焼きは午前中は行なわれません。午前の作業は飛び火防止のための草寄せ。

 草千里の中の池は凍って、模様がきれい。
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 午前の作業は予定より早く11時前に終了。30分予定を繰り上げて11時から食事。今回の野焼きは食事の提供がありました。
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 お隣のテーブルで一人食べておられる方がいらっしゃったので声をかけます。初心者研修会を今年受けたばかりで、今回野焼きに初参加の方でした。私より年上の方でしたが、今回参加者に年配の方々が多く、知り合いがおらず、場違いな思いを持っておられたました。しばらくお話ししましたが、最後には「話しかけてくださりありがとうございました」とおっしゃいました。野焼きボランティア、これからも続けて欲しいですね。


 カレーをいただきました。カレー自体が阿蘇のカルデラ、あるいは草千里の風景のよう。
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 後編に続く

2017野焼き支援ボランティア(1)-草千里ヶ浜 復興への狼煙(後編)


 今日(2/8)の野焼きは、開始時間が明確に決まっています。

 12:30 式典
 13:00 野焼き開始

 昼食後はたっぷり時間がありました。私は愛車コペンの中で午睡。
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 12:30 点火式:阿蘇市長や環境省(?)関係者の挨拶。国立公園満喫プロジェクトに、阿蘇くじゅう国立公園が選定されているとか。
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 阿蘇市のゆるキャラ「あか牛くん」も出席。
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 私が所属した班には、13台のジェットシューターと3本の火消し棒が準備してありました。ジェットシューターがいつもよりかなり多い状況です。班内では私が最年少っぽいですし、いつもなら重いジェットシューターを積極的に背負うのですが、一週間後のフルマラソンに備え、今回は免除してもらいました。久しぶりの火消し棒使い。



 さて、1時開始に備えて、いざ出陣。TVカメラが私たちに向けられます。草千里ヶ浜にずんずん足を踏み入れます。私たちは中央奥やや左手に陣取りました。
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 上空では4機ほどのヘリコプターが飛んでいます。防災ヘリか取材ヘリ。

 1時に草千里ヶ浜の両端から火入れ。まだ火が遠いので、リーダーの許可のもと撮影。
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 大火が草を舐め尽します。
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 燃える、燃える。
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 やがて草丈の低い自分たちのところにも火が入ります。風下で煙い煙い。動噴があったから良かったものの、なければ火があっという間に広がりそうです。草が燃えて黒い防火帯がある程度できたなら、どんどん火を消していきます。今日は火消し棒が重労働だったりして。
 低木は枯草ととともに炎で包まれます。ミヤマキリシマはそれでも春には芽吹くそうです。

 野焼きは1時間ほどで終了。駐車場に戻るボランティアたち。
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 列がいつの間にかできているのが面白い。このころは結構寒くなってきています。明日は寒波の予報ですので、この黒い大地も一面雪で覆われるでしょうね。
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 草千里ヶ浜を出たところで、手話に遭遇。こちらから話しかけると、先方はかなりびっくり。野焼きボランティアから手話で話しかけられるとは夢にも思わなかったでしょう。手話で会話が弾みました。宮崎から野焼きを見に来たろう者三人ででした。
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 最後の集まりで、県知事は現地にいらっしゃいませんでしたが、今日の草千里ヶ浜の野焼きを「復興の狼煙(のろし)」とするとの県知事の言葉が紹介されました



 阿蘇市のフラッシュニュースより。 

(初っ端に映っちゃってますねえw)

国立公園満喫プロジェクト

政府全体で、2020年の訪日外国人旅行者数を4,000万人とする施策に取り組みます。そのひとつとして環境省では、国立公園の「ナショナルパーク」としてのブランド化を目指し、まずは8か所の国立公園で、「国立公園ステップアッププログラム2020」を策定し、訪日外国人を惹きつける取組を計画的、集中的に実施します。



前編はこちら

熊本城マラソン2017 完走記

熊本城マラソン、無事に完走できました。


今回のマラソンは何としても出たかった大会でした。
大地震によって一時は開催が危ぶまれた大会。
熊本地震で大被害を受けた熊本城を背に出発し、そのお城に戻ってくる特別な大会です。
ただ、抽選で当選したものの、どんなスタンスで臨むかとても迷いました。


実は当選後、このブログの過去記事を見たNHK「ランスマ」の担当ディレクターから直接連絡があり、番組企画書までいただいて、取材をするかもというお話がありました。
その際いろいろとマラソンに関する心境や思いを尋ねられたのですが、自分の意志が固まっておらず、うまく答えられませんでした。
結局は取材対象からは外れたようですが、そんな意志が固まらない状態がマラソン直前まで続きました。


でもまずは先月、かねてより構想を温めていたふざけたTシャツを作りました。
この時点でちょっとゆる~く走るつもりだったんでしょう。
でも、大会が近づくにつれ心境が変化し、数日前に意志が固まりました。
ちょうど1年前の北九州マラソンで出した自己最高記録の更新を狙う、です。
練習量が史上最低量なのに、です。


前日の受付には、目標タイムを表示して撮影するブースがありますが、なんとなんと「4時間30分」をぶち上げました。
でも本心はサブ5(5時間切り)あるいは自己記録更新(4時間50分以内)。


それで、今回はカメラを持たずに走ります。
以下の画像はすべて、応援のために自転車で走り回ってくれた妻が撮ったものです。


5:30 起床。
6:00 朝食。
8:10 会場入り。
8:30 荷物預けてスタートブロックに入ります。
今回もCブロックスタート。
気温はかなり低かったようですが、ほとんど無風でした。
私の位置取りがちょうど市役所斜め前のカーブの付近で、ビルの影に入らず、朝日が当たって寒さをそんなに感じませんでした。

9時2分にスタート。
今回は最初から調子が良かったです。
GPSウォッチによると、18キロまではキロ5分台後半~キロ6分台前半で走っていました。
本当に4時間30分を狙える速さでした。
いつもよりペースが速いものだから、応援の妻が対応できない(笑)。
9~10キロ地点の事前に決めた場所やその先でも会えない(笑)。


妻がこの写真を撮っているときは、もう私は通過していました。
後ろの仮装ランナー、スーツを着て走るのは、相当走力が要るでしょうね。 
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うる星やつらのラムちゃんですね。
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後半どこかで一度追い越され、後姿を見たのは覚えているんですが、その後また私が抜き返したようです。
その衣装ゆえに沿道から歓声が上がっていたのを覚えています。


バカ殿ですね。
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この方も最初のころ同じところを走っていたことがあります。
沿道の観衆へのサービス精神が豊かでした。
こうありたいものです。


ドラえもんとのび太。
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これは、えーっと。
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姿は厳めしいのに、くまモングッズを手にむんずと持った姿がなかなかいいですね。


ハーフまでのタイムは予定していた時間より早く、今までで最速。
でも徐々に足が上がらなくなってきているのを感じてます。


25キロ地点あたりで妻と会ったとき。
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持ってきてもらう予定だったサプリメントを求めている場面ですね(笑)。
ふくらはぎがつり始めてます。

自作Tシャツ。
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結局、走行中3人の人から声をかけられました。
二人は面白いと言い、一人は若いメディカルランナーで、背中にこう書いてありますけど大丈夫ですか、と(笑)。
そのほかに後ろで反応する声が聞こえることも。


いやあ、あまり風もなくいい天気です。
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30キロ地点で2度目に妻と会ったちょうどその時、5時間のペースセッターに抜かれました。
これでちょっと緊張の糸が切れた気がします。
でも時計を見るとペースセッターのペース少し早くない?と思いました。
たぶん最後1キロの急坂を見越しての配分なんでしょう。


金八先生とヤンキーですね。
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彼らとは終盤同じペースで走ることになります。
この格好で走り切る力に敬意を表します。


「足が痛いのは気のせい」。このあたりでよく見かける方々ですよね。
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沿道の応援者の仮装度も以前と比べて上がってきていると感じます。
これも新たな楽しみ方でしょう。


この後の写真はありません。
妻は自宅に帰って、今度はフィニッシュ地点に向かいます。
今回もありがとう。


私はといえば、痙攣が片足のもも、やがてもう片足のももにも表れてきて、だんだん長くは走れない状況になってきました。
最後は早歩きに少しの走りを入れる感じ。
早歩きは使う筋肉が違うんでしょうか、まだまだいけるのです。
今回も早歩きで、ヨタヨタ走っている人をかなり抜きました。


40キロ手前で、急に太鼓の音が聞こえてきて振り向くと、演奏者の中に塾生の保護者を発見。
周りもよく見えていませんし、急いでいて、ご挨拶しそびれました。

最後の名物の急坂も早歩きでのぼります。
何とか5時間一けた分でいけるかどうかというところ。
でももう上り坂では走れません。

フィニッシュゲート手前の直線で全力疾走開始。
ぎりぎり間に合うか?
でもフィニッシュゲートを通過するかしないかの時に5時間9分台から10分へ変わりました。

レース終了!

記録は5時間10分(ネットタイムは5時間5分)でした。
30キロ地点で少しあきらめが出なかったら(本当に走れたかどうかわからないですけど)、少なくともネットタイムでは5時間切れたんじゃないかと思います。
悔しいですね。


また来年!

沿道からの応援は以前より盛り上がっている感がありました。
沿道から差し出されるハイタッチの手もものすごい数
観客もマラソンを楽しんでいる感じ。
やはり熊本城マラソン、最高!




※沿道で応援してくださった整骨院の先生が、
この日暑さで背中に塩吹いている(塩分不足の)人が多かったですね、
とおっしゃってました。
痙攣するのはそのせいですし、
終了後肩が痛くなるのもその典型。
私の場合、福岡マラソンの時よりましでしたが、完走後早速右肩にコリが。
マグネシウムサプリは使用していたんですが、
塩のサプリを持ってはいても今日に限って使っていませんでした。
まあ、これも実力のうち。