ゲルギエフ指揮 マリインスキー歌劇場管弦楽団演奏会(熊本)+マツーエフ

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《熊本日日新聞2012/11/8より》




 2012/11/9(金) 3年ぶりのゲルギエフ-マリインスキー歌劇場管弦楽団の演奏会に行ってきました。



今回の曲目は次の通り。

●シチェドリン/管弦楽のための協奏曲第1番「お茶目なチェストゥーシュカ」
●ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 Op.18
   デニス・マツーエフ(ピアノ)
●(アンコール) シューマン/トロイメライ
●ショスタコーヴィッチ/交響曲第5番 ニ短調 Op.47
●(アンコール) チャイコフスキー/「くるみ割り人形」よりアダージョ




当初はピアノ協奏曲第3番が演奏される予定でしたが、熊本会場のみ第2番に変更されました。
その理由について、熊本県立劇場のサイトではこのように記されています。

曲目変更に伴い、ゲルギエフからメッセージをいただきました。

私たちはこの20年間、日本でたくさんの作品を演奏してきました。
チャイコフスキーの全交響曲、ピアノ協奏曲など・・・。
ラフマニノフについてはピアノ協奏曲第3番を異なるピアニストで何度か演奏してきましたが、第2番はあまり演奏することがありませんでした。
先日、モスクワでマツーエフとこの2番を演奏したところ、非常に素晴らしい内容だったので、少し遅いタイミングの決定とはなりましたが、私にとって特別な都市である熊本でこの2番を演奏することに決めました。
とてもロマンティックな作品ですので、是非お楽しみください。
2012.9.27 ワレリー・ゲルギエフ





 ここ田舎の熊本には、一流オーケストラはほとんど来ません。でもゲルギエフだけは来てくれます。その理由は、ゲルギエフの友人でベネチア在住の洋子・永江・チェスキーナさんの出身地が熊本だから、らしいです。今回私が知っている曲目はピアノ協奏曲のみ。クラシック音楽に興味のないうちの妻も“あの‘のだめ’の・・・”で知っています。でも今回は仕事を任せて、独りで聴きに行きました。

 今回の席は8列目左寄り。ちょうど楽団員の譜面台の高さと私の目の高さが同じ。もっと言うならば、ピアノの鍵盤とも同じ高さでした。ピアニストのものすごく速い指使いがそこそこ見える席。でも楽団の奥行きはあまり分からない席。

 最初の「お茶目な・・・」はユニークでした。いろんな音が出てくる出てくる。譜面台上の楽譜を弦楽器の弓でたたいて音を出したり・・・。興味深い惹きつけられる曲でした。いやあ楽し。

 ピアノ協奏曲は3番をよく知らないので、2番で良かったと思いました。最初のピアノの弱音から次第に強音になっていくところですでにゾクゾク感を感じ、甘美なメロディーに自然と涙が出てくることがありました。個人的にはオケの音が大きすぎるとピアノの音が聞こえ難いのが少し残念。

 ショスタコの交響曲は今まで手を伸ばしたことがありません。5番も初めて聴くので、事前にCD(インバル指揮)を聴いて勉強。その時の再生装置が悪かったのか、というより公演間近になって最安のCDを入手し、時間がなくてジョギングしながら聴いていたので、耳になじみのあるようなないようなメロディーが時折聴こえるものの、うるさい印象でした。
 でも、・・・実演は・・・CDと全然違う。もちろん迫力があって感動的、最終楽章が終わる時には大いに盛り上がりました。その素晴らしい演奏に、結構な数の聴衆がスタンディングオベーションで賛辞をおくっていました。私?日本人ですね。立ち上がった際の迷惑を気にしてできませんでした。次回からは素直に表現しよう。


 ≪このコンサートで特に印象に残ったもの≫

 ピアニストのマツーエフは大男ですね。でも強面ではなく愛嬌のある大男でした。ゲルギエフも大きいと思いますが、彼よりも少しばかり高さも幅も大きい。マツーエフがピアノの前に座ると、ピアノがおもちゃのように小さく見えるのです。
 そのマツーエフがピアノ協奏曲の演奏後、アンコール演奏をしたのですよ。それが「トロイメライ」。私はこれに非常に感動したわけです。
 大男がピアノに向かって腰かけ、そしてやや左に体を傾けて、弱音でゆっくりかみしめるように演奏するトロイメライ。ホールの静寂の中に鍵盤から紡ぎだされる繊細なメロディー。一音一音聞き漏らすまいと最大限に耳を澄ませました。その場の空気から、他の聴衆も同じ気持ちだったかもしれません。その音の心地よさ。心を揺さぶる音。絶妙な音と音の間(ま)。よくありがちなフライング拍手は皆無。最後のゆっくりと消えゆく音の愛おしさを味わい、最後まで聴き尽くした感じがします。しばしの静寂ののちの拍手。感涙ものでした。特にピアノ協奏曲の熱演のあとでのこの曲、この演奏会での俺的№1かも。

 そしてもう一つ良かったのが、交響曲の第3楽章。消えるか消えないかのような弦の音の下支えのなかで、他の楽器が歌っていくその美しさ。音の響きの心地よさを味わいました。CDでは気づきもせず、ついに味わえなかったものです。

 いずれもガンガン鳴り響く音ではなく、弱音の美しさ。それに魅かれている自分を発見できて意外でした。年齢的な要素もあるのかも。



 今回のコンサートは満席でした。そのなかでも高校生、しかも今年からほんとの意味での男女共学になった県立第一高校の女生徒が多く聴きに来ていました。しかもホールでは後方ですがS席に座っています。
 コンサートが終わってホールを出たところで電話をしていると、その女子高校生の中の一人と目が合いました。それはなんとうちの卒業生でした。今は高校三年生、ずいぶん大人っぽくなっていました。近況を尋ねると、県外の大学を目指して受験勉強中とのこと。
 どうしてこのコンサートに来たのか尋ねてみると、高校内で募集があって応募したとのこと。250席準備されていて、友達と申し込んだら当たったそうです。
 なぜその第一高校だけ? どうやらチェスキーナ洋子さんの計らいらしいです。(洋子さんご自身も演奏会当日会場にいらっしゃっており、母校である第一高校も事前に訪問なさったとのこと)。しかもS席なのに無償だったそうです。だから、お金を払って聴きに来ている他の聴衆の迷惑にならないようにして、マナーをよく守って聴いてこいと先生から言われたようでした。

 “で、先生はなんでここにいるの?”

 思いがけない再会のあったコンサートでした。



 追記) あっそうそう、ゲルギエフの指揮棒は爪楊枝のように見えましたけど。

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