「黄金のアフガニスタン 守り抜かれたシルクロードの秘宝」展

 「没後40年 高島野十郎展」を見た後は、大宰府の九州国立博物館に向かいました。「黄金のアフガニスタン 守り抜かれたシルクロードの秘宝」展を見るためです。

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 なぜこの展覧会が開かれるのか。その経緯を興味深く思いました。

“ A nation stays alive when its culture stays alive.”
「自らの文化が生き続ける限り、その国は生きながらえる」

これはアフガニスタン国立博物館の入口に掲げられている言葉です。アフガニスタンにとって、いや世界中の人々にとって自らの文化を守ることがどれほど大事なことかは言うまでもありません。しかし、現実には世界の各地でさまざまな理由によって文化遺産が失われていることも事実です。本展覧会でご紹介するのは、まさに命懸けで守りぬかれたアフガニスタンの古代文化の粋です。内戦やテロといった苦難をくぐり抜け、今なおさんぜん燦然と輝き続けるアフガニスタンの至宝の数々は、私たちの心に自国の文化を尊ぶことの重要性を強く訴えかけてきます。

アフガニスタンは、インドの北西に位置し、パキスタン、イラン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、中国に囲まれた内陸の国です。古来、シルクロードの通るこの地域は、東西南北の文化が行き交う「文明の十字路」と呼ばれてきました。本展覧会では、前2100年頃から2世紀頃にかけて古代のアフガニスタンで栄えた文化を、4つの遺跡から出土した名宝によってご紹介します。
これらは首都カブールにあるアフガニスタン国立博物館に所蔵されていました。しかし、 1979年のソ連侵攻とそれに続く内戦などにより、博物館は甚大な被害を受け、収蔵品の多くは永遠に失われてしまったと考えられてきました。しかし、国の宝を守ろうとした勇気ある博物館員は、とりわけ貴重な文化財を秘密裏に運び出していました。
2004年4月、秘宝を大切に保管していた金庫の扉が再び開かれました。本展覧会はこれらの秘宝の再発見を契機に、アフガニスタンの文化遺産の復興を支援するために企画された国際巡回展です。2006年以来、世界10カ国で開催、すでに170万人以上が来場しています。
奇跡的に守られた古代アフガニスタンの至宝231件に加え、日本での展覧会では内戦のさなかにアフガニスタンから不法に持ち出され、日本で「文化財難民」として保護されてきた流出文化財15件をあわせて紹介します。
数々のドラマをくぐり抜けて今日に伝わるシルクロードの秘宝は、新たなアフガニスタンのイメージをあなたの胸に強烈に焼き付けることでしょう。
(展覧会ホームページより引用。強調は筆者)



 個人的に印象に残った展示物(画像は九州国立博物館のご厚意により提供していただきました)を紹介します。

ギリシア語刻銘付石碑台座(前3世紀初め、石灰岩)
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 この台座の側面右上にギリシャ語で「デルフォイの神託」の一部が含まれているそうです。「デルフィの神託」と高校では習った記憶があります。その日本語訳は、

「幼き者は行儀よき者となり
青年とならば自制知る者となり
壮年とならば正義知る者となり
老年とならば思慮分別知る者となれ
さらば汝、悔なき死をえん」
(前田耕作『バクトリア王国の興亡』より)

なるほどと思う言葉。でもその結果が「悔いなき死」とは。


仮面付樋口(前2世紀、石灰岩)
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 なんともユーモラスな表情の樋口(といぐち)。この口から水が流れ出ていたようです。



 今回の展示で私が特に興味深く思ったのは、ティリア・テペという場所で発見された、遊牧民の王族たちの墓。その六つの墓に埋葬されていたのは5人の女性と1人の男性で、豪華絢爛な金の装飾に目を奪われました。非常に細かい装飾が多く、当時の王族がどのような衣装だったのか想像して楽しみました。

 これは4号墓。六つの墓の中でただ一人の男性が埋葬されていた墓の出土状況。
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 ムフロン羊の背景画がうっすらと見えるでしょうか。その実物が出てきたのがこの4号墓。
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上の画像の中央部を拡大すると・・・牡羊像(1世紀第2四半期 金)
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 かなり小さいものでしたが、個人的にはこれが造形的に最も美しかったと思います。売店にレプリカがあったら、購入していたかもしれません。

 そしてこの男性が身に着けていたメダイヨン付腰帯(残念ながら画像なし)も見事でした。金製メダイヨンを結んでいる帯部分は布製ではなく金製、そうすべて金でできていました(布だったら今まで残っていませんね)。この時代に緻密な細工があったのが驚きでした。



 2号墓の女性。死してきらびやかな金細工品を残していました。これがまた細かくて美しい。
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 3号墓の女性。これらの墓の出土品にはギリシャやローマの影響を見てとれます。しかも同時に中国の影響も。日本史でもおなじみの鏡が伝わっていました。なるほど、ローマと漢を結ぶシルクロード上ですから。
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 5号墓からの出土したハート形耳飾(1世紀第2四半期 金 トルコ石)
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 金とトルコ石の組み合わせが多く見られました。しかも現代に通じる「ハート」形の装飾品が多く、一例としてその画像を載せました。この1世紀の人々も私たちと同じように「ハート」形を好んでいたのでしょうか。ハート型の起源は何なのか、文字通り心臓なのか、それとも何か意味合いがあったのかどうかなど興味をそそられました。

 6号墓から出土した王妃のしるし、(1世紀第2四半期 金、トルコ石) 
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 今回の展示、午後から見に行きましたが、駐車場は混んでいませんでした。また平日でもあったためか人も多くありませんでした。もしかしたら前回、前々回の展示と比べると、超有名どころのものがなく、幾分マイナーな感じを受けるのかもしれません。それでも、守り抜かれた黄金の秘宝という話題性、謎解き的要素もあり、個人的にはとても楽しむことができました。おススメです。


追記
 新春特別公開ということで、徳川美術館所蔵の国宝「初音の調度」も公開されていました。これはこれは見事としかいいようがありませんでした。しばらくこの展示の前で見入っていましたし、一旦その場を離れても何度か見直しに行ってしまいました。非常に強い引きつける力を持ったものです。終始見ていても飽きないことから「日暮らしの調度」と呼ばれているようですが、私自身身を持って体験したわけです。
 個人的にはどちらかというと「見台」に目が釘付け。さすが大名婚礼調度だけあって、華美・繊細・精巧、隅々まで気を配られており、一切の手抜きがないように思いました。金属部分にはどれも徳川の葵紋が入っています。
 なお、画像はありません。しかし、(いつまでHP上に公開されているか分かりませんが)こちらから見ることができます。http://www.kyuhaku.jp/exhibition/exhibition_pre130.html

 いずれにせよ現物はその画像よりも雄弁に語りかけてくれます。

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