北九州マラソン2016 完走記(後編)

 たった今、目の前を通り過ぎた5時間のペースセッター。5時間切りは今年もダメかと思いかけましたが、何とか食らいついていくしかありません。


【門司港レトロで折り返す】

 5時間のペースセッターは男女お一人ずついらっしゃいました。開会式の時にお名前のコールがあったのですが、当然ながら全然覚えていません。しかし、この方たちのおかげで、非常に元気づけられました。ペースセッターの近くにはランナーのかたまりができていました。ほとんどがサブ5(5時間切り)を目指しているランナーだと思います。折り返し地点の門司港レトロまでの2キロは、疲れている身には結構ペースが速く感じました。これであと十数キロ付いていけるだろうかと感じました。それでもキロ7分弱、体力がまだある序盤ならなんてことはないペースなんですが。

 門司港レトロの折り返しコースでスピードが落ち、なんとか楽に付いていくことができるようになりました。ここは走路が狭い上に直角コーナーが多く、しかも歩いているランナーがいたり、ゆっくりと走っているランナーがいたりして、スピードが必然的に落ちるのです。これがあるのを知っていたからペースセッターは少し急いでいたのかもしれません。追い越しざまに他のランナーと体がぶつかりそうになります。フィニッシュまで10キロほどなのに、どうしてこんなにランナーがいるかと思うくらい密集していました。沿道には応援の人垣ができており、励ましの言葉が山のように掛けられます。ありがたいことです。でも、この日の私にはあまり聞こえていません。むしろ前から落ちてくるランナーを避けるのに、少しイライラしていたかも。

 門司港レトロを抜けると、あとはフィニッシュまでほぼ一直線。5時間のペースセッターの男性は、これまでもそうでしたが、この時も声を張り上げて、私たちはできるだけ多くの方が5時間切れるようにしたいと思いますので、ちょっとペースを落とします。残10キロ切りました。先に行ける人はどんどん行ってください」と叫びます。


 私も、できるだけ余裕を持ってサブ5を達成したいので、集団から抜け出します。




【35キロ地点のうれしい再会】

 35キロあたりで、思いがけない出会いがありました。私の名を呼ぶ女性の声が聞こえます。それは妻でした。20キロ地点付近で会う予定でしたが、お互い見つけられず、会えないままいつの間にか通過してしまいました。

 今は便利な世の中ですね。ナンバーカードの番号で、どのあたりを走っているのかネットで調べられるのです。スマホを持っていないので、宿泊先の友人が、私の位置を調べて頻繁に妻に情報を送ってくれていたようでした。妻は、電車に乗ってわざわざ35キロ付近の小森江駅まで移動して、待ち構えて応援してくれたのです。

 妻は何度も私の名を呼んだようですが、私には全然聞こえなかったようです。妻も走る。妻の呼びかけに振り返るのは他のランナーばかりだったよう。妻は、私のために記念写真を撮りたかったようですが、私が立ち止まらない様子から、今は記録のことしか頭にないのを察知して、先に行かせてくれました。最も力づけられましたありがとう




【ペースセッターたちの気遣い】

 自分は一生懸命走っているつもりなのですが、筋肉は限界に近づいている感じ。やがて5時間のペースセッター集団に取り込まれてしまいました。36~40キロのペースはキロ7分台前半まで低下。このペースで残りを走り通せるだろうか、と何度不安になったことか。ただ足が攣らないことを祈るのみ。

 28キロ付近からほぼ一緒に走った、5時間ペースセッターたちの気遣いと激励には、いたく感心しました。周囲のランナーに動機づけを与え、一体化させ、励ますのです。沿道で観客の前を通り過ぎるとき、今度は集団で来てるね、と話している声が聞こえたので、たぶんこのペースセッターの周囲にランナーが集まり、団子状態になっていたのでしょう。途中歩いたらどんなに楽だろうと思わなくもなかったのですが、そうしたらサブ5は叶わなくなるかもしれません。力を緩める誘惑を払いのけながら、ひたすらフィニッシュを目指して足を動かし続けます。沿道からの声援も、あと○キロだからガンバレ!のコール。

 「ここまで頑張ったのですから、サブ5をここにいるみんなで達成しましょう。このままのペースで行くと、4時間57分でフィニッシュできます。先に行ける人は行ってください。あと○キロです。頑張りましょう!」という叫びにも近い声に、周囲も「オー!」と応えます。女性のペースセッターの方は、給水所で余分に紙コップを取り、「どなたか取り損ねた方はいらっしゃいませんか?」と尋ねる気遣いも。すごすぎます、この方たちは。


 フィニッシュが近づくにつれ、その励ましの大声はますます大きくなり、その頻度も多くなっていきました。「このまま走ると4時間58分台でフィニッシュできます。先に行ける人は行ってください。あとひと踏ん張り、頑張りましょう!」。周囲のかたまりになったランナーも、こぶしを突き上げ、以前よりも大きな声で「オー!」と応えます。フィニッシュが近づくにつれて、さらに熱気と一体感を増します。前方を歩いていて、私たちの集団に追いつかれたランナーたちも一様に走り出します。面白かった。



【ついにフィニッシュ】

 GPSウォッチのデータによると、残り3キロとなった39キロあたりから、ペースが徐々に上がっていきました。キロ6分台を回復。とにかく5時間内ではやくフィニッシュしたい一心でした。残り1キロになって、さらに持てる力を振り絞ります。ラストスパートになったのかどうか、その時は自分ではよく分かりませんでした。しかし、いつのまにか5時間のペースセッターの姿と声は後ろに消えていました

 そしてついにフィニッシュに駆け込みました。ゲートを通過した時にはキロ5分50秒にまでペースが上がっていたようです。駆け込む直前にゲートに表示されていた時計を見て、あっ、56分台は惜しくも逃したと思ったのを覚えています。

 フィニッシュして最初に思ったことは、もうこれで走らなくていいんだ、ということ。それが素直な感情でした。

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 手荷物受取まで行く長い通路で、なぜか自然に涙がこぼれました。こんな感情は初めてです。かつて賢人がこのように言いました。「わたしはフィニッシュまでレースを走り通しました。今からのち、冠がわたしのためにとっておかれています」。まさにその気持ちをいくらか分かったのかもと思います。

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 正式な記録証は後日送られてくるようですが、グロスタイム(号砲~フィニッシュ)で4時間57分台、ネットタイム(スタート~フィニッシュ)だと4時間51分台だと思われます。サブ5は簡単にできると思っていたのですが、今の私の体力ではギリギリでした。まず体重を落とさなければいけないと痛感しました。それでも二つのタイムでサブ5達成でき、喜んでいます。


 今回初めてペースセッターの周辺で走りましたが、なかなか良かったと思います。その役割に感謝いたします。あの一定のペースを刻む走りがなかったら、最後は走りを緩めていたかもしれません。フィニッシュ後、今回の5時間のペースセッターの方々に、改めてお礼を言いたかったのですが、自分のことで精いっぱいで、ついに再会はかないませんでした。この場で御礼申し上げます


 マラソン直後、(マラソンからの)「引退」という言葉が私の口から出ていたようです。でも、今はまだ先に延びそうです(笑)。





北九州マラソン2016 完走記(前編)はこちら。

この年は、「さが桜マラソン2016」にも出場しました。完走記はこちら


※ 本文中のペースセッターの言葉など、だいたいそんな意味のことを言っていた程度にお考えください。記述内容は時間的には多少前後しているところもあるかもしれません。なにせ私は一生懸命走っていたのですから。

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