「握手」

中学3年生の国語の教科書に、井上ひさし作の「握手」という教材が載っている。児童養護施設の園長だったルロイ修道士が悪性腫瘍におかされ、かつての園児たちをいとまごいに訪問する話。ルロイは自分の病気や死期が近いことを決して語らないが、作者は会話の中で気づいてしまう。駅で別れる際、思い切って「死ぬのは怖くありませんか」尋ねる作者。ルロイは病気のことがばれていたことに気づき、少し赤くなって頭をかく。そして最後に作者とルロイが、その思いのこもった「握手」をする・・・・・



最近、後輩のお父様が末期ガンで余命いくばくもない状態にあると聞いた。私が若い頃、毎週のようにお邪魔して、ご飯を食べさせてもらったし、カードゲームに熱中して夜遅くまでなかなか帰らずにいても、嫌な顔を一つせず黙って見守っていてくださった方。私が成人してからも、ご自宅の近くまで行く機会があると、よく家に呼んでくださった。まだ比較的元気なうちに会っておいた方が良いと思い、片道2時間かけてお見舞いに行ってきた。

現在、緩和ケアを受けながら自宅で療養しておられる。前もって連絡していくと、奥さんが何かもてなそうとして準備してしまうので、迷惑かもしれないが何も連絡せず突然訪問した。雨のしとしと降る日だった。

休んでいらっしゃる部屋に通され、対面するや否や、お父様の頬を涙がとめどなく流れ下る。初めて見るお父様の涙。食べたいという意思はあるものの、4,5日前から体が食物を拒否している状態。仕事を子に任せ、これから!と思っていた矢先に病気になった無念さ。自分の病状をなにもかも理解し、もう覚悟はできているとはいえ、揺れる心の内が垣間見える。そして、妻の言うことを聞いて、検査で異常値が出たときは素直に病院に行くように、と強くおっしゃった。これはまさに「遺言」ではないか。異常値が出ても大丈夫大丈夫と言って受診しない、男性にはよくありがちな、何の根拠もない空安心が分かれ道だったそうだ。私を見て、痩せたね、とおっしゃるので、マラソンに出たことなどこちらの近況や、私が若い時に示してくださった親切への感謝の言葉を述べた。遠いところを来てくれてありがとう、と言って手を差し出されるので、固く握手した。妻も握手した。そのときこらえきれずこちらも涙があふれ出した。

最後にその家をおいとまするときに再び手を握る。つながった右手にもう片方の手を添えた丁寧なそして力のこもった握手だった。そしてお互いなかなか握った手を離さない。
“また会えますよ”、と私。
“そう思います”。
そして別れ際にもう一度握手。もうことばは要らなかった。

玄関を出ると、雨は強くなっていた。帰りは余計視界が曇ってしまった。

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